川勝平太『経済史入門』日経文庫、2003年9月

経済史入門―経済学入門シリーズ (日経文庫)

経済史入門―経済学入門シリーズ (日経文庫)

■読むきっかけ

  • 日本の経済史を、海洋に囲まれているという国土の地理的特殊性を背景に論じている
  • シュンペーターの経済成長に対する見方である、さまざまな要素をつなぎあわせて新機軸をつくりだすという視点から改めて歴史像をとらえ直していること

■内容【個人的評価:★★★−−】
○序章「経済史への招待」

  • 経済史には、さまざまな史料を用いて語らせるといった実証的側面と、経済理論をもって読み解くといった理論的側面がある。
  • そもそも近代以前の社会において経済的な事象は、儀礼・宗教・政治などの非経済的領域に埋め込まれていたが、18世紀のイギリスで分業に基づく商品の交換の大規模化、ポラニーのいう「大転換」が生じることとなった。この過程がどのようにして行われたのかが経済史の重要なテーマである。
  • この書物では、シュンペーターの独創的な「経済発展の理論」を導きの糸として経済史の方法を探っていく。

○1「経済史とはどういう学問か」

  • 経済史の理想というべき成果は、アダム・スミスの『国富論』、マルクスの『資本論』、そしてシュンペーターの『景気循環論』である。
  • 日本においてはかつてマルクス主義の枠組で日本資本主義論争があった。しかし、そうした拠るべき理論はなく、新しい発想が必要である。その要素としては、「「アジアの中の日本」という視点」、「文明論的視野」、「海から文明をとらえる視点」、「環境という視点」がある。

○2「経済学と経済史」

○3「経済史の方法」

  • マルクスの理論は現実に裏切られることとなったが、そうなったのは、2つの点で理論的難点があったことによる。一つは使用価値を無視したこと、そしてもう一つは経営者の存在を無視したことである。
  • シュンペーターの枠組を使いつつ、以下のこころみを行ってみたい。
    • 1.使用価値を物産複合という概念でとらえ直す
    • 2.経営者の存在を本来的蓄積という概念でとらえる
    • 3.資本主義は景気循環を繰り返しながら生成→発展→衰退することを証明する
    • 4.大陸文明から海洋文明への移行という脈絡で考える

○4「グローバル経済史と近代日本文明」

  • 西の辺境であるイギリスに最初の資本主義が、また東の辺境である日本にアジアでは最初の資本主義が生まれた。この両国家は海洋に囲まれているという共通性を持っている。
  • 日本が中国から経済的に独立した転機は、幕府による公鋳と中国からの輸入銭の駆逐である。これに対し清代中国では銅銭が払底し、日本からの銅輸入を行うこととなった。
  • 欧米諸国はイギリスが工業化に成功後、保護関税政策をとることで自衛に努めたが、日本は関税自主権がないため裸同然の状態であった。しかし、在来産業を中心として成長を遂げていった。それは、木綿・生糸・砂糖・茶などの国際商品(アジアにおける物産)をすでに自給できる体制を持っていたところによる。
  • ヨーロッパにおいても江戸時代の日本でも、アジア物産の輸入代替を行うことが大きな課題であった。これについて、比較的広大な土地と希少な人口であったヨーロッパでは資本集約による産業革命を、また比較的狭い国土に多くの人口を抱えていた日本では、限られた土地に肥料と労働力を投入するという勤勉革命(速水融)をもって行うこととなった。
  • 日本は、結果的に生糸・砂糖・茶について、中国やインドといったアジア諸国との競争に勝ち、木綿ではイギリスと市場を住み分けすることができた。いわば日本の経済成長はアジア間競争に勝利したことがその要因として大きい。

○終章「日本経済史をとらえ直す」

  • 明治以降の日本は勤勉革命の上に産業革命を接木した。このため世界で最も生産力の高い国家となった。
  • 「首都」というのはその文明に関する象徴的な存在である。バブルが崩壊し、環境にも配慮した新しい文明モデルが必要とされている今、新首都の建設が必要ではないか。

■読後感
ブローデルの一連の業績にもみられるように、その国の持つ国土や地理的条件、周囲の国々との関係が経済的な営みにおいて決定的な力を握っている。この著作では、とりわけ海洋に囲まれているという特殊性、アジア諸地域との経済的関係に着目しアジア最初の資本主義国となった要因を研究している。
ただし、新書版でもあり、丹念な実証の過程をみることはできず、全体像をサーヴェイするにとどまる。
所与の諸条件を組み合わせ、いかに新機軸を作り出すか、これについては若干理論だけが前に出ており現実の取り組み、日本の特殊性というところまで読み取ることは難しかった。
偶発的な、あるいは特殊な諸要素が経済史において決定的なポイントであることは事実。しかし、無理に理論へのあてはめをしてしまう本書のようなスタイルより、慶応大学における実証的な取り組みの方が自分にとってはよりしっくりとくる。著者は、理論的枠組の不在を問題意識として掲げるが、無理に長期の歴史をある枠組でくくる理論は分かりやすいように見えて、かえって現実社会の処方箋としては大味過ぎると言えないだろうか。
シュンペーターの枠組についても全くその通りと思われる。念頭におくべき「原理」ではあるが、個別事象を説明する「理論」として使おうとすると大味感=それでまとめてしまうとかえって個別性が埋没してしまうのではと感じる。