福島清彦『ヨーロッパ型資本主義』講談社現代新書、2002年10月

ヨーロッパ型資本主義-アメリカ市場原理主義との決別 (講談社現代新書)

ヨーロッパ型資本主義-アメリカ市場原理主義との決別 (講談社現代新書)

■読むきっかけ

  • 現在アメリカを震源とする世界不況に大きく影響を受けている日本や新興諸国と、比較的影響が小さいと考えられるヨーロッパとは、どのような経済運営の違いがあるのか
  • ユーロという通貨の世界経済に占める位置づけについても確認したい

■内容【個人的評価:★★★−−】
○序章「テロ事件と市場原理主義

  • アメリカ財務省ウォール街の大銀行、IMFは、いわゆる「ワシントン・コンセンサス」において、途上国との貧富の差の縮小のためには、途上国に、より自由な市場経済を樹立していかなければならないという点で一致している。
  • しかし、市場原理は有効ではあるが、ある部分では抑制をすること、またある部分ではまったく適用しないことが必要である。
  • すでにヨーロッパでは、市場の限界をきちんと認識しており、
    • 1.市場原理をあらゆる分野に適用すると社会不安が増大する。
    • 2.市場は非市場制度を利用することによってのみ機能する。
    • 3.利潤の極大化だけを目標としなくても豊かな社会を作ることが可能である。
    • 4.株主利益極大化のみを目指すべきではない。公的部門の役割は重要であり、政府を小さくするのでなく知恵のある強力な政府をつくるべきである。
    • 5.グローバル化の中で、非市場部門を大事にし、福祉を重視するヨーロッパ型の考え方が重要である。
    • 6.EUの拡大に合わせ、ヨーロッパ型資本主義を世界に広めていくべきである。 といった原則が共通理解されている。
  • このテーマでの先進的著作は、ミシェル・アルベール『資本主義対資本主義』である。この著作の中で、冷戦後は資本主義同士の対立が重要なテーマになること、資本主義のタイプとして、アングロ・サクソン型(イギリス・アメリカ)、アルペン・ライン型(日本・ドイツ)、合成型(フランス)に分けて特徴を論じている。
  • アメリカのフィナンシャル・タイムズ誌も2002年2月21日、株式崇拝の不幸という社説を出し、株高が行き過ぎており、今後は見通しが暗くなるだろうと言っている。
  • 本書は、グローバル化とIT化をふまえ、ヨーロッパ資本主義の世界的な意義を明らかにしたものである。

○第一章「強まるヨーロッパの対米批判」

  • ミシェル・アルベールは、アングロ・サクソン型資本主義を社会の害悪としてとらえている。
  • ウィル・ハットンは、1930年代の大不況の後、アメリカではバブルをおきにくくする規制が行われたが、80年代から90年代にかけてこれを緩和してしまい、昔ながらの野蛮な資本主義に戻ってしまった。また、このバブルが崩壊するときはヨーロッパも影響を受けることにはなるが、株式市場が金融で占める位置づけが低いため、比較的早く立ち直ることができるだろうとしている。
  • ヨーロッパにおける「適正な政府」の考え方は、いわゆる「小さな政府」ではなく、かといって社会民主主義大きな政府でもない。
  • ヨーロッパにおいて、農民がマクドナルドの一部を破壊した。これは、アメリカのまずい食文化を持ち込まれることに対する拒否の一つの表れである。食べる人の身になって食糧生産すべきであるという問いかけでもある。
  • ヨーロッパにおけるアメリカ批判は、国際会計基準をめぐっても行われている。アメリカは投資家のために、会社の保有する資産を時価で計算する会計方式を主張している。しかし、ヨーロッパではこれを導入すると企業価値が短期的に大きく変動するため安定した経営に支障が出るとしている。こうした、会計基準をめぐっての論争は、目指すべき資本主義の形態に関する論争でもある。
  • アメリカでは、1980年代から企業の役割について「株主のための企業」という考え方に大きく傾いた。ストック・オプション制度の導入などもこれによる。イギリスを除くヨーロッパではストック・オプション制度の導入に慎重である。
  • EUの大きな目的は「持続可能な発展」である。アメリカではこうした考え方がない。これからは、環境問題などでも対立していくことになるだろう。

○第二章「福祉を重視する経済大国づくりの戦略」

  • 2000年3月のEU首脳によるリスボン宣言において、IT化とグローバル化に立ち向かう最良の武器は、福祉国家を発展させ、人々の能力の向上に積極的に投資することであるとしている。
  • このようなヨーロッパにおける経済運営の考え方は、1957年のEEC設立以来培われてきたものであり、ドロール氏の功績も大きい。ドロール氏は退任直前の93年12月に『競争力白書』を作り、この中で目指すべき経済体制を「健全で、開放的で、分権化され、競争力があり、社会的な結束に裏付けられた経済」とした。
  • いっぽう、歴史家のホブズボームは、EUの将来について悲観的な見方を提示している。加盟国の拡大とともに、小国の主張を抑えるために独、仏、英などが拒否権を行使し、重要なことを何も決めることができなくなるだろうとしている。
  • EUが重視しているのは次の項目である。
    • 1.平和の維持と食糧の確保
    • 2.健康と老後の安心
    • 3.地球環境の保護
  • 日本に比べ、EUは大きな政府を持っており、所得税率も高い(日本14%、EU19%)。一方公共事業費は非常に少なく、農業補助金は非常に大きい。公共事業は各国政府が行うというスタンスである。

○第三章「自己変革に取り組むイギリス」

  • イギリスがこれからどのような方向に向かうのかが興味深い。
  • イギリスの金融市場は短期利益志向型である。また、労使対立、労働者の教育水準の問題がある。さらに、いままでは少数のエリートによる社会であった。モノづくりにおいて劣っており、政府サービスも弱い。
  • これは、サッチャー政権のもとで、福祉重視の大陸ヨーロッパ型から距離をおこうとしたことが根底にある。その後の労働党政権は社会的な資本主義のあり方に好意的であった。しかし、まだまだ大陸型に対する抵抗も強い。

○第四章「今後の米欧対立と日本」

  • 今後、米欧対立はまずます深まっていくだろう。
  • 日本は今後の改革にあたり、ヨーロッパの取り組み、市場が万能ではないという態度を持つことが重要である。自信を持って消費できる社会も必要である。

■読後感
まさに今2008年の世界経済を予言しているかのごとき著作である。市場に対する信頼と懐疑、政府の役割に関する考え方、こうしたものがヨーロッパでは伝統的に育まれており、大事にしている。
少なくとも、何を規制緩和すべきなのか、政府の適正な規模や意思決定はどうあるべきなのか、国力の源泉はモノづくりではないのか、農業のあり方はどうか、といった問いかけが、あまりにも今の日本にはなさすぎるのではないか。
日本では、マスコミ主導で国民にGreenEye的視点ばかりが形成され、これが政治を決める要因になっているとすれば、やはり「亡ぶ」だけではないのか。
「曲げてはいけない考え」といったものを作るべきだろう。