桜内文城『公会計革命』講談社現代新書、2004年10月

公会計革命 (講談社現代新書)

公会計革命 (講談社現代新書)

■内容【個人的評価:★★★−−】

  • 2004年7月、中央省庁と地方自治体の予算編成上の意思決定を自動的に処理できるシステムが完成した。このシステムは予算のシミュレーションができ、現役世代の受益や将来世代の負担が分かるようになっている。これを「国家財政ナビゲーション・システム(略して国ナビ)」という。
  • 国ナビは公会計という概念と理論体系に基づいたものである。

○序章「公会計とは何か」

  • 公会計については、2000年ごろから、ニュージーランドなどでの取り組みをもとにNPMの一環として地方自治体などで導入されていった。現金主義から発生主義へという主張にもとづいたものであり、貸借対照表(ストック)や損益計算書(フロー)を作成するものである。しかし、公会計はNPMの一分野という見方は大きな落とし穴である。
  • 公務員でもやる気があり勉強熱心な人ほどNPMを信奉する人が多い。
  • 国家は誰のものかという問いに対して、NPMと公会計の立場はまったく正反対である。
  • 会計の第一の目的は「財産管理者の受託者としての責任を明らかにすること」である。NPMは国民を政府の「顧客」とみなす。この場合、国民は国家の外部にある。本来、我が国のような国民主権国家の場合、政府が受託者責任をもつ相手は主権者である国民のはずである。しかしNPMでは、国民はあくまでも顧客という立場になってしまう。だから公会計はNPMと決別する必要がある。公会計では、国民を「顧客」でなく「主権者=実質的所有者」として見なければならない。
  • では新しい公会計はどんな姿をめざすのか。新しい公会計は、事後的な決算ばかりでなく事前の資源配分である予算をも対象とする。
  • 今までの会計は「バックミラー(決算情報)を見ながらの運転」であった。これに対し、新しい公会計は前の予算を見ながらの運転となる。将来のビジョンを明確に示し、将来と現役世代の負担を提示する。
  • 国ナビの自治体版が「自治ナビ」である。
  • 組織の意思決定には二つのレベルがある。一つは「ガバナンスレベルの意思決定」であり、もう一つは「マネジメントレベルの意思決定」である。ガバナンスレベルとは株主総会レベルであり、マネジメントレベルとは代表取締役会レベルである。
  • このシステムにより、「将来世代も予算に対しものを言いうる」というところが大きい。現行の方式では、将来世代は、ある時点での支出が無駄であることがわかっても、過去に遡ってやめることができない。例えば瀬戸大橋が三本もかかっており、将来世代はこれによる利益を享受できるが、負担は自分たちが負わなければならない、などといった事例でも、建設を決定する時点で将来世代への負担を明らかにすることができる。

○第一章「「国ナビ」は予算編成を根底から変える」

  • 従来の予算編成は、増分査定主義(増額や新規要求は厳格な査定を行い、継続分は比較的緩やかに予算を認める)、シーリング方式(一律の増減率を乗じた金額を概算要求の上限とする)が特徴である。これは硬直的な予算運営につながっていた。
  • 本来、一介の行政官に予算編成という国家のガバナンスレベルの意思決定はできないと見るべきだろう。このため、すでに国会の議決を経ている前年度予算をベースにした増分査定主義や、あらゆる国民に等しく影響を与える一律のシーリング方式を採用することで、自らに欠けている「権力性」と「正当性」を民主主義的な意思決定とは別のところから引き出そうとしているのである。
  • 公会計は予算編成に対しどのようにアプローチできるのか。公会計は決算のみならず予算も含むものであるのか。もし予算が入っていなければ政府の受託者責任の設定過程が曖昧となってしまう。
  • 会計においては、対外的な「財務会計」と、経営者の戦略立案のための「管理会計」がある。しかし、公会計においては、こうした区分は必要としない。
  • オーストラリアはニュージーランドやイギリスと並び公会計の先進国である。特徴は以下のとおり。
  • ニュージーランドは、
    • 1.まず政府機構全体の改革を行い
    • 2.財政責任法に基づく予算編成上の意思決定の改革を行った
  • ニュージーランドはオーストラリアと同じく、国民は外部の顧客という観点に立っている。このため、受託者責任を負う相手方は飽くまでも議会であって国民ではない。これを財政責任法に基づく原則の設定と公会計情報の作成・公表を義務付けることで補っている。
  • イギリスは公会計の先進国である。発生主義に基づいているとともに、三カ年の複数年度予算が採用されている。これに合わせ現金主義の必要キャッシュ量も議決されることとしている。
  • 今後日本においては、これら三カ国の方向性とは異なり、国家経営の観点から予算編成プロセスと公会計制度の改革を進めることが必要である。
  • 予算編成プロセスについては
    • 1.資金収支計算書→歳入歳出予算
    • 2.損益計算書→損益取引に関するフロー
    • 3.損益外純資産変動計算書
    • 4.貸借対照表→ストック情報
  • これらを形成し、決算は予算にフィードバックされる。
  • この過程では、行政官同士の予算要求・査定から総理大臣と閣僚による国ナビ上のシミュレーションと、その結果である公会計情報の開示に置き換わる。総理大臣がトップダウンで意思決定を行い、何年か後に国民が満足したかどうかによって評価される。
  • たしかに最近「骨太の方針」の提示により全体像をまず決めるというプロセスが定着してきている。
  • 国ナビを使うと、以下の点が明瞭となる。
    • 1.将来世代への負担の先送り額
    • 2.将来の公債償還のためにすでに拘束されている金額
    • 3.将来利用可能な資源の増減額
  • やむを得ない場合は財政法により予算の流用も可能である。別の科目、たとえば旅費を人件費に振り替えることも可能である。
  • 自治ナビは国ナビと異なり、国からの補助金の受け入れなど「他会計からの繰り入れ」がある。

○第二章「国家は誰のものか」

  • 国家は国民のものである。しかし、その意思決定は政治家が替わって行う。いわば所有と経営の分離においてコーポレート・ガバナンスを整備するのと同じように、国民がチェックするためのシステムとなるのが国ナビである。
  • 国民が支払う税金には、国民が受けるサービスに対する対価であるとする「収益説」があるが、自分は「出資説」をとりたい。この観点に立つと、税金は国家へ移転するものでなく、預かっているに過ぎないということになる。
  • 国家にとっての株主は、実際に税金を払っている現役世代だけではない。将来世代もまた潜在的な株主である。
  • こうした将来世代の利益を考えるため、「信託」という概念を援用したい。それは日本の民法のように、委任関係を延長したに過ぎない概念としての信託でなく、英米法における概念、たとえばおじいさんが孫と孫の子供に対し遺産を残すに当たり、その財産の法的所有権を信託銀行に委託し、信託銀行はその趣旨に沿った財産の運用や処分を行うというものである。
  • 国家は財政破たんするか?公法人は継続的な作用を求められるため、清算型の破たんはなく、債務免除を伴う再建型の破たんとなる。歴史上財政破たんした国家としては1875年10月に破たんしたオスマン・トルコがある。昨今は国債のデフォルトにより財政破たんとするという場合が多い。ロシア、アルゼンチン、カリフォルニア州オレンジ郡などがある。
  • 破たんにおいてはどのようなコストが発生するか。
    • 1.インフレ=国民の持ち分の国家による食いつぶし
    • 2.デフレ
    • 3.円安
  • どのような段階で「国家は財政破たんした」となるか。フローにおいては公債など借入金の利払い費が税収を上回った段階である。またストックにおいては今後50年に得られる税収見込みと債務超過の引当となる将来の課税徴収権の推計値がかい離しすぎていれば財政破たんに近いということになる。現在、日本政府は844兆円の債務超過にあり、超緊縮財政を行って償還に務めたとしても債務超過の解消には250年かかる。つまり、国家財政はすでに破たん状態にある。
  • 破たんは誰が認定するのか。自治体の破たんは自ら申し出ることになっているが、申し出ないケースも考えられる。国家が認定することになるだろう。

○第三章「国ナビ」による国家財政戦略

  • 国ナビはなにができるのか。
    • 1.将来世代へのツケ回し額の明確化
    • 2.予算全体を見渡すシミュレーション機能
    • 3.権限配分とリンクした責任会計
  • ということである。これにより予算編成の主役は内閣となり、政策のメリハリをつけることができる。またリアルタイムで情報開示することができる。
  • これにより国会が言論の府になることができる。マスコミの批判もそれが本当に根拠のあるものかどうか国ナビで判断できる。

○第四章「「国ナビ」開発プロジェクト」

  • なぜ将来世代への負担を算出できるのか。それは「処分・蓄積勘定」という概念を導入しているからである。
  • 現金主義と発生主義についてはどうか。現金主義とは、現金の流出入が生じた時点においてその金額を持って取引を認識・測定するものである。現物が動いても取引とは認めない。発生主義は、どの時点で取引と認めるかというタイミングの問題と、どのような範囲の取引を認識・測定するかということがある。現金主義は江戸時代の大福帳と同じという批判がある。しかし、国家のガバナンスレベルの意思決定はインフラ資産の形成や社会保障給付など非対価性取引で行われる。発生主義の用いる損益勘定は適していない。しかし、現金主義ではストックの把握ができない。
  • 発生主義はストックの把握を可能とするが、損益外取引の把握ができない。
  • この国ナビは日本発の公会計である。

○第五章「公会計で見る日本の未来」

  • 処分・蓄積勘定と貯蓄率、国富の食いつぶしの状態が分かる。過去の資本蓄積はこの10年にわたって稼いだ以上に失われてきたのである。
  • 財政政策と金融政策の効果も測定でき、一体的なマクロ政策を立案できる。