畑村洋太郎『組織を強くする 技術の伝え方』講談社現代新書、2006年12月

組織を強くする技術の伝え方 (講談社現代新書)

組織を強くする技術の伝え方 (講談社現代新書)

■読むきっかけ

  • 担当者から次の担当者へ「伝える」。知っている人が知らない人へ「伝える」、この営みが希薄化していて、excuseとしてしか行われず、却って分かりづらさが増している。

■内容【個人的評価:★★★★−】

  • 自分は以前から「ゼロから作る」ことに興味があるが、多くの技術が長い時間をかけて人間の生活に影響を与えていることが分かる。
  • いま、大量退職時代を迎え、技術をどうやって伝えていくのかがきわめて重要である。
  • 技術は「伝承」されるのではなく「伝達」されて初めて次代へ引き継がれる。

○序章「「技術」とは何か」

  • 「技術」という言葉の本書における定義は、「知識やシステムを使い、他の人と関係しながら全体を作り上げていくやり方」を指す。
  • 技術は絶えず変化するものである。固定したものではない。

○第一章「なぜ伝えることが必要か」

  • 伝達された技術を使うということは、先人の経験や考えを手っ取り早く自分のものとして使うことである。たとえば2004年3月の六本木ヒルズ回転ドア事故は技術が伝えられなかったから起きたものである。

○第二章「伝えることの誤解」

  • OJTが各職場で行われている。その特徴は、実際の問題を前にして一つずつの考え方、やり方を後輩に伝えていく点にある。また、社内教育やマニュアルの作成などを行っているが、満足できる効果を上げているという話はあまり聞かない。正しく伝えることがいかに難しいかということがよく分かる。
  • 伝える側がいくら必死に伝えても、結果として伝わっていなければ伝えたことにはならない。
  • 技術は本来「伝える」ものでなく「伝わる」ものである。本当に力を注ぐべきなのは、伝えることに力を注ぐのではなく、伝わる状態をいかに作り出すかである。
  • マニュアルは誰でも使いやすいように最初は薄いのだが、どんどん分厚くなる宿命にある。不要な部分を切り捨てる努力が必要なのに、それを怠っている。この結果、マニュアルは無視されることになってしまい、現場の決まりで仕事をするようになってしまう。
  • 失敗の事例集はなかなか伝わらない。それは書き方が、原因と結果しか書いていないからである。原因と結果の間には、失敗に結びついた人間の行動がある。これをきちんと書かないと伝わらない。

○第三章「伝えるために大切なこと」

  • 伝わる・伝わらないは、伝えられる側の知識を吸収しようとする意欲に大きく関係している。
  • そのためには受け入れのための素地を意識的に作らせることが必要である。
  • 入社した日立ではまず体験を行わせる。これが技術の吸収にとって非常に大きかった。また、当時の工場長はきちんとほめるべきときはほめていた。
  • 技術を体験させるためのポイントは以下のとおりである。
    • 1.まず体験させろ
    • 2.はじめに全体を見せろ
    • 3.やらせたことの結果を必ず確認しろ
    • 4.一度に全部を伝える必要はない
    • 5.個はそれぞれ違うことを認めろ
  • 技術をむしり取れる環境こそ理想である。つまり無理やり伝えるのではなく、ほしい人が自分でむしりとるのである。

○第四章「伝える前に知っておくべきこと」

  • 意図してでも伝えるべきものは知、技、行動である。いっぽう、意図しなくても伝わっていくものは価値観、信頼感、責任感といった企業文化である。
  • まず全体像を掴ませることが必要である。これをやらないと受ける側は知識をバラバラのものとして受け取ることとなる。また、全体を知っていれば変化にも柔軟に対応できるようになる。
  • アルプス電気では、顧客からクレームがないのが良い製品という考え方をとっている。スペックの最終検査は行わず、生産の工程管理をきちんと行うようにしている。
  • 表面には出てこない「暗黙知」という概念がある。これをきちんと表出させないと、大切な知識が断絶してしまうことがある。

○第五章「効果的な伝え方・伝わり方」

  • 相手に受け入れる素地ができた段階で、正しいやり方による伝達を行う。ここでは、標準、型、作法、マニュアルといったものが重要である。型どおりにやることで先人の知識を効率的に身につけることができる。
  • 最初のうちは百のうち十や二十で良い。
  • 伝えっぱなしはダメ。必ず相手にアウトプットさせること。そしてそれにフィードバックさせること。また、相手に、自分だったらどう伝えるかを意識させることも効果的である。
  • 相手をよく観察し、伝わっているか確かめよう。知識を伝えるだけでは習得まではできない。相手にイメージを伝えることが効果的である。

○第六章「的確に伝える具体的手法」

  • 百聞は一見にしかず。図や絵を使おう。絵は余分なところを削ぎ落とせるという効果がある。文字を組み合わせることも効果的である。
  • やるとこうなる、だけでなく、やらないとこうなってしまうという陰陽を伝えること。

○第七章「一度に伝える「共有知」」

  • 個の独立が集団の基本である。
  • しかし、それだけではなく、そうした個が共有知を持っていることが組織としての力を決める。
  • 互いの持っている個人知を共有できる場を作ろう。
  • インターネットを使った情報の共有化は暗黙知の共有化につながる。

○終章「技術の伝達と個人の成長」

  • 茶道や武道で守・破・離という教えがある。守は決まった作法や型を守る段階、破は、これを破って自分なりに改良する段階、離は、作法や型を離れて自分独自の世界を開く段階である。
  • 経験と慣れだけの人は偽ベテランである。誰でもそこまではいける。
  • 技術を習得するとき、まず手本を真似る努力をして先輩からかわいがられることが重要。
  • 先輩との三つの対話法
    • 1.第一段階:わからないことを直接聞くレベル
    • 2.第二段階:基本的に自分で問題解決する。本当に分からないことだけを先輩に聞く
    • 3.第三段階:想像の世界で優れた先輩と対話しながら技術を獲得する

○「「技術を伝える」を巡るおまけの章」

  • 消えた方が良い技術もある。
  • ラブレターは、好きですというのは押しつけがましい。そうではなく、あなたのこういうところが好きですが効果的。このように、相手の立場に立って考えられることが、技術を伝えるということである。

■読後感
本当に「伝わる」ための「伝え方」は何か、具体的な効果をもたらすにはどうしたらよいか、ということを真剣に語っており秀逸である。あげられている一つひとつの具体的な注意点は「まさにそのとおり」と感じさせるものが多かった。
著者は、excuseとしてではなく、明らかにどうすれば本当に伝わるかに着眼している。
まさに著者の言うとおり、伝わる状態を作ることこそが重要。これは技術伝達の場にとどまらない。しかし、これを作るのは至難でもある。