正高信男『ヒトはなぜ子育てに悩むのか』講談社現代新書、1995年12月

ヒトはなぜ子育てに悩むのか (講談社現代新書)

ヒトはなぜ子育てに悩むのか (講談社現代新書)

■内容【個人的評価:★★★−−】

  • 子どもができたものの、どう接していいかわからないという質問をよくぶつけられる。迷うだけならよいが、自分や子どもに対する疑念にまで進展してしまう場合もある。
  • 結論からいうと、育児不安は二つの要因が大きい。
    • 1.子どもとの付き合い方がよくわからない大人が増えていること
    • 2.女性の育児を支援する体制が欠如していること。とりわけ夫の無理解と高齢者の無力化による。

○1「母親語から育児を考える」

  • 子どもとうまく付き合えない大人が増えている。端的には一人っ子で育った大人にその傾向が顕著である。子どもと話すときに、言葉が母親語になっているかどうかで付き合い方の上手い下手がわかる。母親語とは、語りの調子であり、特定の文化に固有の行動パターンである。
  • 赤ちゃんは高く抑揚のある声に注意を向ける。また、周囲の大人の気分をきちんと感じ取っている。
  • 18〜20歳の女子学生に子どもに絵本を読み聞かせる実験をしたところ、48%が母親語を使わなかった。とくに一人っ子は母親語を使わない。
  • 生後四カ月の子どもを叱っても仕方ないのにどうすればよいか悩んだりしている。昔に比べ、子育てに助言してくれる人が圧倒的に少なくなってきた。
  • 幼児虐待や、幼児が親になつかないということも起きている。

○2「父親の役割とは何か」

  • 男性の場合は、女性に比べて父親語を話す割合は少ない。母親は否応なく親になるが、父親はどちらかというとご都合主義者(やるぞと思ったときしかやらない。)である。
  • 男女の違いということでいうと、女性は面白く楽しい話が得意であり、男性は怖い筋書きの話が得意である。
  • もともとは父親は育児に参加しており、固有の役割を担っていた。しかし産業化と賃金労働者化の過程で家庭から離れ、また賃金労働よりも劣るものという位置づけとなり、子育てから遠ざかってしまった。これが母親の孤立化に影響を与えている。

○3「母性愛は絶対か」

  • 母性愛という言葉を初めて使ったのはジャン・ジャック・ルソーである。パリの凄惨な子育てをみて憤りを感じたようだ。ほったらかしの状態で、衛生状況も悪く、無事成長できる子どもは少なかった。『エミール』ではこと細かに子育ての方法が叙述されている。そして、子へ愛情を注ぐことは女の特権であると論じた。

○4「なぜ高齢者は子どもを甘やかすのか」

  • 祖父・祖母は本来的には子育てをサポートできる立場にある。しかし、現実には子育てのサポートをするのでなく、子どもを甘やかしてだめにするということで親と対立する存在となってしまっている。

○5「早期教育をするかしないか」

  • ボリビアでは、ハイハイを経ることなく二足歩行を始める。ハイハイを始めないからといって、無理やりさせてもあまり意味がないのではないか。母親から離せば自然と母親に向かってくる。逆に自立して親から離れていく行動とは本質的に違う。
  • 言葉が遅いと悩む親も多い。具体的に聞いてみると、単語の数がほかの赤ちゃんより少ないというものである。子どもの能力に応じておとなが語りかけを変えていくことが必要である。早期教育で知識を詰め込もうとしても、大体三、四歳以前のことは忘れ去ってしまうのが普通である。物語として編み上げることができてはじめて脳に記憶が蓄えられるのである。

○6「子育ては誰のためにするのか」

  • 大人がかわいいと思う子どものしぐさには何パターンかある。そしてかわいらしいと感じることが子どもとのコミュニケーションの基盤となっている。
  • 子育ては子どものためではなく大人のためのものでもある。子どもを見つめることで自分をとらえなおすきっかけとなる。
  • 子どもの汚い行動をやめさせることが正しいとは思われない。本人の楽しい行為を、大人の視点でやめさせてしまっている。
  • 赤ちゃんが泣いているとき、うるさいなあと思うのでなく、なぜ泣くのだろうと考えてほしい。