神野直彦『財政のしくみがわかる本』岩波ジュニア新書、2007年6月

財政のしくみがわかる本 (岩波ジュニア新書)

財政のしくみがわかる本 (岩波ジュニア新書)

■内容【個人的評価:★★★★−】
○1「財政って何だろう」

  • 「経済」は、経世済民、つまり人々の生活をうまく安定させるという意味である。これに対し、「財政」はpublic financeの翻訳語でおおやけの金まわりを意味している。
  • 中国では、市場経済化するに当たり、金もうけしていい領域と金もうけしてはいけない領域(財政)をきちんと分けられなかった。今では軍隊までもが金もうけしている。日本でもこの領域が明確でないため、混乱が生じている。金もうけをしてはいけない領域である医療、教育、福祉まで市場化テストで民間にやらせるなどということになってきている。

○2「予算って何だろう」

  • 財政法により、予算は以下の項目からなるものとされている。
    • 1.総則
    • 2.歳入歳出予算
    • 3.継続費
    • 4.繰越明許費
    • 5.国家債務負担行為
  • 予算はいくつかの原則に基づいて決定される。
    • 1.予算は一つでなければならない:本来、一般会計の一本でやるべき。特別会計がいくつもあるのはおかしい。
    • 2.ノン・アフェクタシオン(非充当関係)の原則:特定の支出を特定の収入を結び付けることを禁止する。
    • 3.総額主義の原則:必要な費用はすべて計上する。費用を差し引いて収入だけ計上することはしない。
  • 予算執行にも原則がある。
    • 1.超過支出禁止の原則:ひとたびある経費として支出することを決めたらそれを超過して使うことはできない。
    • 2.流用禁止の原則:ある経費として計上したお金を使い残してほかの経費として使うことは原則としてできない。
  • 本来、こうした原則に基づき、決算は必ず黒字になるはずだが、歳入不足で赤字になることがある。本来は、歳入不足が生じそうであれば、必ず歳入予算を減額するとともに歳出予算を減らす必要がある。
  • ほかの国は歳入、歳出ともに法律として執行される。しかし、日本では予算は法ではないという立場をとっている。このため日本では歳入予算が成立しようとしまいと租税法に基づき毎年税収を上げることができる。ほかの国は歳入法が成立しないと税金を調達できない。日本の歳入予算は単なる見積もりに過ぎない。
  • 日本では入りを量って出を制する(量入制出)、つまりまず歳入予算あり、という立場で予算の立て方をしている。財政学の原則はこれとは逆で量出制入である。本来行うべきことを定め、これに応じて収入をあとから決めるということである。市場経済と財政により成り立っている国民経済を財政がコントロールできるようになる。
  • 財政で何をサービスするのか。もともと、国家の最初の仕事は、これは誰のもの、と所有権を確定することだった。このため、強制力となる防衛や警察を作ることが最初の任務だった。次いで、家族内で行われていた教育、福祉などが加わるようになった。
    • 1.秩序を維持するための防衛、警察、消防
    • 2.教育、セーフティネット(年金、保険)
    • 3.生産活動の前提条件である社会的インフラ
  • 予算執行した後に、決算を示す必要があるが、決算をする時点で支出は終わってしまっている。このため、決算は議会に提出するが議決はされない。ただし適正な使い方であったのかどうかは内閣に責任を問えるし、適正な支出であったとしても支出そのものが意味がなかったということであれば、次回の予算に反映できる。
  • 財務省における予算編成は基本的にインクリメンタリズム(漸増主義)によっている。つまり前年度と大きく変わるということはしないということである。
  • 日本で予算が審議される期間は2カ月、諸外国では6カ月である。予算委員会で二〜三週間だが、この期間に真剣な話し合いがされているかというとそうではない。何でも口を出していいことになっているので、総理がなぜこの時期にゴルフをしていたのか、などいろんな質疑が出される。このため、予算は公開の場で審議されるものではなく、実質的に財務省が決めてしまうものになってしまっている。
  • 三月末までに予算が決まらなかったらどうするか。これは暫定予算により人件費など義務的経費のみを計上、執行する。昭和28年度は8月までの暫定予算だった。
  • 地方自治体の予算は、国の予算が決まらない限り組めない。補助金地方交付税がどのくらいになるか分からないからである。しかしそれが決まるのは予算成立後翌年度の6月くらいとなる。国から自治体には「内翰」(ないかん)という通知で、経済成長率をふまえ、地方財政計画はこの位になりそうだという情報が来て予算の概要を決める。
  • 自治体では首長に大きな権限があり、予算案を議会が否決しても「再議権」でもう一度審議にかけることができる。国が地方に義務付けしている仕事も多く、実質的に議会が否決する権限はない。再議権で提出された案件は三分の二以上で否決しなければならない。また、原案執行権といって、否決した予算案を執行することまで認められている。

○3「税はどんなしくみになっているのだろう」

  • 租税には三つの要素が不可欠である。
    • 1.強制性
    • 2.無償性(反対給付はない)
    • 3.収入性(何かをするための収入である)
  • 罰金は収入を目的としたものではなく、使用料は反対給付を伴うのでどちらも租税ではない。
  • 税の定義は揺らいでいる。社会保険料は、たとえば国民健康保険などは保険料として収入しても保険税として収入してもよいこととなっている。環境税などはどちらかというと税というより課徴金のようなものかも知れない。
  • 税をかける考え方には二つある。
    • 1.利益説:社会を形成することが国民の利益になるのだから課税する。
    • 2.義務説:国民の義務だから課税する。(現在とられている考え方)
  • 税負担についても考え方は二つある。これらを組み合わせて租税制度ができている。(複税制度)
    • 1.応益原則
    • 2.応能原則
  • 直接税のいいところは応能原則により課税できる点である。直接税の代表は所得税である。所得税にはいくつかの原則がある。
    • 1.累進性
    • 2.差別性(給与所得には軽く、財産所得には重く、など。このため給与所得控除を設けている)
    • 3.最低生活費免税(基礎控除
  • 現実には金持ちの所得は財産所得が大きく、これは分離課税で累進性を敷いていないため、ほぼ比例課税となっている。
  • 間接税は応能課税できない。間接税には従量税と従価税がある。

○4「どんなところにお金を使っているのだろう」

  • 主要経費別分類:どんな政策に経費を支出しているかがわかる(社会保障関係費、国債費、地方財政関係費、・・・)
  • 性質別分類:何を購入しているのかがわかる(人件費、物件費、移転的経費、・・・)

○5「借金は財政にどんな意味を持つか」

  • 建設公債の原則:基本的にはその年の支出はその年の収入で賄うべきであり、将来にわたって利用可能な社会的間接資本、出資金、貸付金についての支出のみ公債を充てることができる。(財政法第4条)
  • また、使い道だけでなく、景気のよしあしを公債発行の基準にする考え方もある。消費が冷え込んでいるときに政府の支出を借入金により行うということである。
  • 政府は内国債のみ発行し外国債は発行していない。国民に借金をしている。いわば家族の中での貸し借りのようなものである。外国債で破たんした国はアルゼンチンや第一次大戦中のロシアなどがある。一方、内国債で破たんした国はない。
  • 第二次大戦後の日本は、この内国債の負担が今以上に大きかった。しかし、例をみないインフレーションと一回限りの財産税でまるまる償還した。(太宰治『斜陽』)国債を持っている人に、税率100%の国債保有税をかければ、明日にも借金は完済できる。(リカードの主張)
  • つまり財政赤字について心配すべきことは国家破産ではない。国債を発行しすぎて金利が上がったりインフレーションが起きたりという経済的な混乱をコントロールできるかどうか、ということである。
  • それから借金財政になることによる懸案は、借金を返すことだけが目的になってしまい、財政が本来の公共的使命を果たせなくなることである。経済的・社会的危機を迎えても対応することができなくなってしまう。
  • また、所得再分配の面でも問題が生じる。借金財政だと本来の所得再分配機能が果たせないどころか、貧乏人の所得を金持ちである国債保有者の所得へ移転することとなってしまう。財政危機を消費税増税により対応するということはこの傾向に拍車をかけることとなってしまう。
  • では、借金増に対しどのような対策を打つべきか。
    • 1.租税構造をできるだけ公平にする:金持ちに多く課税するようにし、金持ちの収入が増えたときには税収も増え、所得再分配も実現できることとなる。
    • 2.支出を減らさないこと:公共サービスの量を確保しながら借金を返していくということ。日本は諸外国と異なり、資産を福祉施設のような形より、対外的なお金の貸付として有している。将来の世代に負担というより財産を残しているということになる。
  • 国の借金と地方自治体の借金は性質が異なる。国債は内国債であり、1回の課税で帳消しできるが、地方債は外国債と同じで、内国債のような法的措置で対応することはできない。また、国から義務づけられた業務もあり、歳出削減が思うに任せない。
  • 外国で地方財政が域内GDP2%を超える赤字を出すことはないが、日本ではそれが生じており問題が大きい。
  • 国は財政法には違反するが特例法を作って赤字国債を発行している。一方、地方自治体は赤字地方債は発行できないため毎年決算上の赤字を出すこととなる。「繰上充用制度」:前年度の赤字を次年度予算に計上して処理する。本来、会計年度独立の原則からいうと認められないやり方である。
  • 決算上の赤字が道府県では5%、市町村では20%を超えると財政再建団体となるか自主再建を目指すこととなる。財政再建団体(例:夕張市)となると、国が管財人として入ってくる。また自主再建(例:泉崎村)では地方債の発行が認められなくなる。
  • アメリカでは50州中43州で州の憲法により地方債の発行を禁じている。本来地方自治体は借金をするべきではないという考えによっている。

○6「国と自治体の関係」

  • 家庭ができないことをコミュニティが担い、コミュニティが担えないことを市町村が担い、基礎自治体ができないことを広域自治体が担い、広域自治体ができないことを、国が担う、という重層構造を補完性の原理と呼んでいる。1985年のヨーロッパ地方自治憲章や1992年のマーストリヒト条約などで謳われている。
  • しかし、日本では明治以来、国が自治体の仕事を決めてきた。仕事自体も財政も中央集権的構造となっている。
  • 日本では自治体の財政規模がカナダに次いで大きい。しかし、その公共サービスを国が決めているのであれば分権的とはいえない。自治体が、地域の実情に合わせた政策をオーダーメードで作ることが補完性の原則のよいところである。
  • これまでは、機関委任事務補助金により全国一律の行政が行われてきた。
  • 分権一括法により機関委任事務が廃止された。しかし、法、政令、省令にこと細かに書き込み自治事務をも制約している。たとえば介護保険自治事務だが、介護度に対応するサービスは全部国が決めてしまっている。自治体が公共サービスを決定できなければ本来の意味で分権とはいえない。

○7「いま財政がかかえる問題」

  • 小さい政府が志向されているが、日本はもっとも所得再分配機能の小さい政府である。もともとは、日本は所得格差の小さい国であり、再分配機能もそれほど必要としなかった。
  • しかしポスト工業化社会を迎え、大量の筋肉労働が存在しない時代になり、また規制緩和もあって大量の非正規従業員が生まれた。いっぽう家族では無償労働をする人が少なくなってきた。格差は拡大し、政府による再分配は小さいため、教育による労働市場への参加を促進することが必要となっている。また、これは現金給付ではない細やかなサービスであり、自治体にしかできない仕事である。

○8「財政の未来像をえがく」

  • 再分配をやめて市場に任せるということは、人々の生活を自分で守る体制に戻るということを意味する。
  • 国が行うのは産業政策である。国レベルの決定は産業政策にしか通用しない。人々の生活を支えるのは別である。
  • 財政を民主主義の手にゆだね、本当に地域が必要としていることをサービスとして提供することが必要である。