中西準子『下水道』朝日新聞社、1983年7月

下水道―水再生の哲学 (1983年)

下水道―水再生の哲学 (1983年)

■内容【個人的評価:★★★★−】

  • 今の時代の特徴を一言でいえば、「技術の中に社会のある時代」と言える。つまり技術そのものの中に社会の矛盾や人間関係が隠されている。一昔前の経済学や社会学は、技術の中身をとりあえず不問にしたままで社会構造を解析できた。しかし、今や技術の中身をブラックボックスとしたのでは、社会が見えないのではないか。
  • この書で書こうとすることは、下水道技術を通して見た「人間と社会」である。

○1「下水道の不経済学」

  • これまで私は下水処理場を巨大化すると自然環境との調和が破れ、下水道によってむしろ日本の川はなくなってしまうことを説いた。
  • 下水道投資額は確実に増加しているが、建設省の目標とする普及水準には遠く及んでいない。この普及水準は、予算を確保するための数値であり実質的な目標とはなりえていない。
  • 下水道は市町村固有の仕事であり、市町村ごとに下水処理場がつくられてきたが、市町村合同の巨大な流域下水道が昭和40年からつくられるようになってきた。この流域下水道の建設には、一人分の下水を処理するのに単独公共下水道の倍近い経費がかかっている。
  • たしかに「処理場」という観点からは巨大なほど経済的であると考えられる。しかし、流域下水道には市町村を結ぶ太い管渠が必要であり、これに大変なコストがかかってしまう。
  • 下水道料金には、たんに処理にかかる経費のみならず、その建設にかかる費用も上乗せされており、料金は値上げラッシュとなっている。
  • 流域下水道がない時代には、県は市町村の公共下水道建設に補助を行っていたが、流域下水道が始まるとこの補助をやめ流域下水道事業に投入するようになった。
  • 流域下水道については、建設費を使用料に転嫁していない。そんなことをしたら法外な料金になってしまうからである。
  • 流域下水道は遊休施設化している部分が大きい。
  • 下水道政策の一つの柱が流域下水道に代表される「巨大化」とすると、もう一つの柱は家庭下水と工場排水の「混合処理」である。これにより下水道は悪質な工場排水にとっての格好のたれ流し場所となってしまっている。
  • 河川や海に工場排水を流すと、工場は水質汚濁防止法の適用を受けるが、下水道に流すようになると工場は下水道法の適用を受けるようになる。後者は前者よりも水質基準が100倍も1000倍も緩和されることとなってしまう。それは他の排水により薄められてしまうからである。
  • 逆に混合処理を推進しようとしているが、企業があまりに高い下水道料金(1日600万円)に音を上げ、独自処理に移行してしまい、増強した処理能力が役に立たなくなった大阪の事例などもある。
  • 流域下水道は処理場から上流部に向かって管渠をつくっていくが、いつまでたっても到達しないため、流域下水道から脱退した富山県の福光市などの事例もある。
  • 巨大化、混合処理は不経済を生み出している。政策を思い切って変更すべきである。
    • 1.工場排水は受け入れない
    • 2.流域下水道を取りやめ、単独公共下水道とする
    • 3.流域下水道と単独公共下水道の補助率の差をなくす
    • 4.大都市の下水道に対する国庫補助率が低く抑えられているが、この差を縮める
    • 5.農村下水道は簡単な処理とする

◎2「市民がつくる下水道−長野県駒ケ根市のばあい−」
○1「環境アセスメント

  • 長野県駒ケ根市から下水道のアセスメント(環境影響評価)を依頼され、自分はここで理想の下水道をつくってみようという気になった。環境を保全し、財政的にも無理がなく、住民から受け入れられる下水道が求められている。
  • 地区によって、公共下水道、集落下水道、個人下水道にかかる費用は異なってくる。これを地区ごとに算出し、もっとも経済的な下水道の導入を検討した。

◎3「海と下水処理場宮城県気仙沼市の場合−」
○1「漁民たちの不安」

  • 公共下水道をつくるにあたり、下水処理水の放流口をどこにするかという問題点が持ち上がっていた。湾内で海苔やわかめ、こんぶ、かきなどが養殖されているのである。
  • 気仙沼は、極度に閉鎖された内湾であるから、富栄養化が生じ、漁業に影響を与える可能性があったので漁協から依頼を受け調査することになった。
  • 海に放流することは川に放流するより難しい。

◎4「自然と人間のための水循環」
○1「下水処理水は循環できるか」

  • 下水道によって川がよみがえるどころかなくなってしまうことがある。神奈川県の計画する境川流域下水道計画は、計画がもし実現していたら境川の水はまったく流れなくなってしまうことになっていた。
  • 流域下水道をつくる理由として、水源を守る、上水と下水を完全に分けるという考え方があるが、実際には下水の放水口の近くに上水の取水口が設けられているケースが見受けられる。