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エドワード・J・デント(石井宏・春日秀道訳)『モーツァルトのオペラ』草思社、1985年3月

モーツァルトのオペラ

モーツァルトのオペラ

■内容【個人的評価:★★★−−】
○1「古典としてのモーツァルト

  • フィガロの結婚(1786年)は、今ではどこの国でも最も有名なオペラといえようが、これも最初のうちはプラハ以外では当たらなかった。フランスの観客にとっては水割りではない本物のボーマルシェのほうがいいに決まっていたろうし、イタリア人は確実にロッシー二の理髪師のほうが好きだった。
  • コシ・ファン・トゥッテほど哀れな運命をたどったものはない。二十世紀以前には成功らしい成功を収めたところはない。
  • 魔笛は、ドイツでは成功し広まったが、イタリアでは早い時期に数回上演されたのみであった。
  • 皇帝ティトゥスの慈悲にいたっては、作られたときからすでに時代錯誤の作品であり、博物館行きが決まっていた。
  • モーツァルトのほとんどのオペラは19世紀のはじめにイタリアで上演されているが、これは当時ミラノヴェネチアフィレンツェなどがオーストリアの治下にあったことが背景としてある。
  • モーツァルトのオペラは、二重唱などがしばしば静かに終わる形をとる。逆に言うと拍手をするタイミングが難しい。イタリアという国では拍手がないということは自動的に失敗を意味するのである。
  • ヴェルディにとってモーツァルトはさほど重要な作曲家ではなかった。彼はモーツァルトを四重奏曲の作曲家ということばで片づけている。
  • 1900年になって、ようやくコヴェント・ガーデンは、すべてのオペラを原語で歌うという原則を適用するようになった。
  • 当時のモーツァルトは、ずたずたに編曲されて上演されていた。
  • オペラの不道徳なヒロイン、たとえば椿姫やカルメンがドイツ人の心の中に多少でも響くようになるのは、19世紀も終わり近くなるまで待たねばならなかった。
  • モーツァルトを正しく再発見したのはわれわれの世紀であったし、われわれのジェネレーションであった。モーツァルトとは、空想的な無邪気の時代を表現したものでもなければ、もちろんロココの人工装飾の世紀という同じく空想的なものを音楽で描いた人物でもなく、完全に成熟した大人の作曲家である。

○2「初期のオペラ」

  • モーツァルトの生まれた世紀は常にイタリア・オペラの影が君臨していたといってよい。18世紀においては、単にメロディがイタリア的であったというより、音楽を書く形式がイタリア的であった。
  • 古典期のシンフォニーは、イタリア・オペラの序曲から生まれたものである。
  • モーツァルトは、イタリアとは人間が常に休んで眠りたがっている国だと、姉に宛てた手紙で書きつづっている。

○3、4「イドメネオ−1・2」

  • イドメネオにはフィガロコシ・ファン・トゥッテに見られる微妙な心理の綾はない、また魔笛における高貴な素朴さ、単純さもない。ここにあるのは輝かしく記念碑的な力、白熱した情熱である。
  • この作品を研究することなしに他の劇場作品を完全に理解することは難しい。
  • イドメネオは一言でいえば日常茶飯と相対するものである。この作品には、魔笛のもっとも荘厳な曲でさえ入る場所がない。

○5「後宮よりの逃走」

  • イドメネオの成功により、モーツァルトは将来を約束された作曲家であり、自活できるという確信を得た。
  • 後宮を、ただモーツァルトの作品というだけで偉大なオペラだと思いこんでいる人は多いが、この台本は、モーツァルトが音楽をつけたものの中で最も悪いものである。

○6、7「フィガロの結婚−1・2」

  • オペラとピアノ協奏曲はモーツァルトの姿をもっとも身近にみることのできる作品である。
  • モーツァルトといえば、必ずハイドンベートーヴェンが引き合いに出されるが、この二人とモーツァルトの創造精神はまったく異なった方向のものである。二人におけるオペラの位置づけはそれほど重要な位置を占めてはいない。
  • フィガロの結婚は、劇として上演され大成功を収めていたが、反体制的であるという理由で禁止されたりしていた。モーツァルトは、イタリア・オペラの形に焼き直せば許可されるかもしれないという見込みがあった。
  • 台本をつくったダ・ポンテによれば、フィガロの音楽は6週間で作曲されたとのことである。
  • 四幕もあるフィガロは、なんらかのトラブルを起こしたと思われる。フィガロが長い理由は、非常に多くの事件が詰め込まれており、歌手は各自のアリアを要求することにある。
  • 昔のオペラ・ファンにとってフィガロの主な聴きものといえば「恋とはどんなものかしら」であり「楽しい思い出はどこへ」「手紙の二重唱」「早く来て、あなた」などであるが、男の歌手におこぼれがあるのは「もう飛ぶまいぞ」くらいであった。しかしこのオペラの最高の曲は第三幕の六重唱「彼の母親だって!」ではないか。
  • 初夜権というのは、教会が持つ権利で、新婚の夫婦が床入りするにあたり許可を得るものである。フィガロで登場するのは、MarchetaあるいはMaritiagiumと呼ばれる、農奴の娘が他の領内の農奴の男に嫁入りする際の代償としてのことである。

○8、9、10「ドン・ジョバンニ−1・2・3」

○11「コシ・ファン・トゥッテ

○12「皇帝ティトゥスの慈悲と魔笛

  • 1790年にヨーゼフ二世が死に、モーツァルトの宮廷作曲家としての前途の灯が消えた。妻は絶え間なく妊娠しては体調を崩していた。財政状況もほとんど絶望的であった。1790年の作品は極端に少なくなっている。
  • この年にフリーメーソンの盟友であるシカネーダーの依頼により魔笛の制作を行い、ほとんど完成まで近づいたが、レクイエムと皇帝ティトゥスの慈悲の作曲依頼が飛び込み、オペラの進行が中断されることとなった。

○13、14、15「魔笛−2・3・4」

  • ドン・ジョバンニではセレナーデを除いて前奏がほとんどない。しかし、魔笛ではふんだんに前奏が盛られている。
  • レクイエムの歌詞がたえず死の恐怖に固執しているのに対して、フリーメーソンモーツァルトに死の恐怖の克服を教える。
  • 主人公がオペラの中で成長していくという点では、魔笛ワーグナーのオペラに比べられるものをもっている。これ以外のモーツァルトの作品にはこのようなものはない。
  • 魔笛は次元の低い大衆目当てに書かれたものであるが、偉大な傑作である。