2009-02-15 阪本浩『図解雑学 ローマ帝国』ナツメ社、2006年4月 2類 歴史 ローマ帝国 (図解雑学)作者: 阪本浩出版社/メーカー: ナツメ社発売日: 2006/03/31メディア: 単行本(ソフトカバー)購入: 1人 クリック: 5回この商品を含むブログ (1件) を見る■内容【個人的評価:★★★★−】 ○第一章「イタリア統一まで」 都市ローマの誕生:B.C.754、4月21日、初代王ロムルス、牧人集団の共同体 都市国家の形成:土木技術、神殿、氏族解体=市民誕生、軍隊編成 共和制の成立:王政から共和制へ、王に代わり最高官職=プラエトル・マクシムス設置 ガリア人の侵入:B.C.390、ローマ市を一時占領下に 政務官:執政官(コンスル)、法務官(プラエトル)、財務官(クワエストル)など、非常時にはディクタトル(独裁官)が任命、全権委任 最高決議機関:民会、しかし実権は元老院が握る ローマからの街道整備:アッピア街道など、貨幣鋳造も実施 自治市や同盟市による連邦制の構築 ○第二章「第一次ポエニ戦争」 カルタゴとの三次にわたる死闘により地中海の覇者へ 初戦勝利し、カルタゴ本土を攻撃するところまで行くが、講和へ ガリア人が侵入するが、圧倒的な勝利をあげイリリア(アドリア海の対岸)をも平定して勢力を伸ばす ○第三章「ハンニバル戦争」 ローマ史上もっとも恐るべき敵:イベリア半島に勢力を持つカルタゴのハンニバルによる戦争(第二次ポエニ戦争) トラシメネス湖畔の戦い:ローマ軍は全滅する ローマ軍はハンニバルを避けて同盟者を個別攻撃する 敵将ハンニバルの戦略を学んだスキピオが勝利、ついにザマの戦いでハンニバルを破る ○第四章「ヘレニズム世界への進出」 東方で勢力を拡大していたマケドニア王国による圧迫、B.C.198マケドニアと戦争し勝利、東方へ勢力を伸ばすとともに、第三次ポエニ戦争によりカルタゴを焼き尽くす ○第五章「共和制の危機」 戦利品、賠償金などがローマに流れ込み、富裕者は豊かに、安い穀物が流れ込み農民は没落した シチリアの反乱とスパルタクス戦争を抑え、ポー川以南は単一国家に 内戦の結果スラによる独裁体制へ ○第六章「三頭政治」 ポンペイウス、クラッスス、カエサル ガリア戦争開始(B.C.58) カエサルはルビコン川を渡りイタリアを制圧 ○第七章「内乱」 カエサル暗殺、養子オクタウィアヌスがガリアを、ポンペイウスの息子セクストゥスがシチリア、サルディニア、アントニウスが西方、レピドゥスがアフリカを統治 セクストゥス、アントニウスはオクタウィアヌスに敗れ、クレオパトラも自殺 ○第八章「アウグストゥスの元首制」 オクタウィアヌスはアウグストゥスと改名、帝政が成立 都市計画、公共事業(水道、道路、神殿等)を実施 ○第九章「カエサルの後継者たち」 ティベリウス、クラウディウス(ブリタニア征服)、そして暴君ネロ(キリスト教徒迫害) 五賢帝時代(A.D.97トラヤヌス即位、新貴族の時代、最善の元首、ハドリアヌス(ブリタニアの長城)、アントニウス・ピウス、マルクス・アウレリウス(哲人皇帝)、ルキウス・ウェルス) ○第十章「3世紀の危機」 A.D.193内乱、帝位が競売に ゲルマン人の侵入:略奪 ゴート族の侵入 ガリア帝国が分離 アウレリアヌスの帝国再統一、A.D.271〜274 キリスト教徒迫害 ○第十一章「キリスト教帝国」 中央集権国家誕生、全国一率の課税 コンスタンティヌス:キリスト教を公認 コンスタンティノポリ建設(A.D.324) 西ゴート族の侵入、帝国の東西分裂、ローマ占領 ゲルマン部族国家の侵入、ついに西ローマ帝国滅亡(A.D.476) 東ローマはイスラム教徒の攻撃に耐えてまとまっていたがA.D.1453オスマン・トルコにより滅ぼされる 西はフランク王国(カロリング家)とローマ教皇が同盟を組み、フランク王カールはローマ皇帝として戴冠(A.D.800)中世の始まり カロリング帝国はカール大帝の後東西に分裂(西フランク、東フランク=神聖ローマ帝国)