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土居健郎『「甘え」の構造』弘文堂、1971年2月

「甘え」の構造

「甘え」の構造

■内容【個人的評価:★★★★−】
○第一章「「甘え」の着想」

  • 自分が「甘え」ということを考えるようになったきっかけは、アメリカに留学した際に、要求しないと何も出してくれないという、日本人から見ると冷淡な対応がアメリカでは当たり前のことであったということである。
  • そうした日本人の心理と日本語の構造は密接な関係があるのではないかと考えるようになった。ある日本語の達者なイギリス夫人は、子どもの幼年時代を語ったときに、ほかのすべてを英語で話したにもかかわらず、「この子はあまり甘えませんでした」ということだけ日本語で話した。「甘える」に対応する語が英語にはないというのである。
  • 自分は1957年に日本精神神経学会において甘え概念を用いた研究発表を行ったが、その中で、森田学説で知られる神経症の「とらわれ」論について、神経症患者が主観的症状にとらわれるさまを森田学説のような過剰な注意集中による精神交互作用の結果というふうにとらえることは当たらないと批判し、とらわれの背後には甘えたくとも甘えられない心が原動力として働いていることを指摘した。

○第二章「「甘え」の世界」

  • 義理も人情も甘えに深く根差している。人情を強調することは甘えを肯定することである。義理を強調することは甘えによって結ばれた人間関係の維持を賞揚することである。
  • カミュの『異邦人』は、L'Etrangerが原題であるが、この小説におけるモチーフからすると『他人』と訳すべきではなかったか。彼以外のすべての人々との関係性が断ち切られていくさまを描いている。
  • 従来の日本でパブリックの精神にほぼ相当する社会的機能を果たしてきたのは「おおやけ」という言葉であるが、もともと「おおやけ」は皇室を意味する言葉であった。つまり限定されたグループに対する言葉であったわけだが、ことに戦後になってからは、西洋的なパブリックの意味で「おおやけ」を使うようになった。
  • 日本人は、かつて中国文化、南蛮文化、西洋文化に接した際に、巧みに自分のものとしてしまった。日本人は見知らぬ他人の世界についてはえてして無視する態度を示すが、いったん無視できないとわかると周囲と同一化し、摂取しようとする。
  • ルース・ベネディクトは文化の類型を「罪の文化」と「恥の文化」に分け、日本を後者の典型に位置づけた。罪の文化は内面的な行動規範を重んじ、恥の文化は外面的な行動規範を重んじるというものである。これをまったく違うものととらえるのはいかがなものか。本来キリスト教では、道徳意識の中でも重要な役割を演じるにちがいない集団が神にとってかわられたのではないか、そして神概念も蒸発して個人個人の意識だけが問題とされるようになったのではないか。
  • お詫びというのは日本に特徴的な文化である。詫びるのは他者に対してであるから、恥の文化と通じている。一方、西洋人はお詫びするのでなく罪の意識を感じる。

○第三章「「甘え」の論理」

  • 言語の特徴は、その言語を使う国民の精神的特徴につながるはずである。
  • 日本における自由は、甘えに見られるように、集団への依存をふまえているが、西洋では、集団からの独立が自由であると解釈されている。
  • 甘えの精神と個人の自由とは相互に矛盾するように見える。明治以降の日本人が西洋的な自由に接したことは衝撃的なことだったであろう。明治以後、自由を求める気運が高まったが、しかし、その実は西洋的自由を求めて、よりも日本的自由を求めての方だったのではないか。
  • 現代の西洋人は、自由が空虚なスローガンに過ぎなかったのではないかという反省にようやく悩み始めている。資本主義と人間の疎外についてのマルクスの考え、キリスト教が奴隷道徳であるとしたニーチェの考え、無意識による精神生活の支配を説いたフロイトの考え、これらにより「自由についての信仰」は無残に破られてしまった。

○第四章「「甘え」の病理」

  • 「とらわれ」というのは神経質と称される一群の患者に共通して働いていると考えられる精神作用に対して森田正馬がつけた名前である。神経質というのは、頭痛・動悸・胃部膨満感など種々の身体的症状に悩まされるが、検査の結果とくに身体的異常が認められないものである。森田は、これを精神交互作用によるものとした。そして、療法としてはとらわれないよう、患者の注意を引き離し、他方日記指導によりとらわれの事実を患者につきつける方法を採用した。

○第五章「「甘え」と現代社会」

  • 現代社会では、子どもと大人の区別が判然としなくなっている。

■読後感
著者は、人々が持つ感情が社会を映す鏡であると捉えている。
網野善彦氏の著書でも同じだが、著者は、西洋とは違う、日本における「自由」という言葉の持つ概念に着目している。網野氏は、諸縁から切り離された自由を、そして著者は、甘える自由=わがままを、そもそも日本における自由であったと解釈している。これに対し、西洋の自由は古代ギリシャの自由人と奴隷の区分に見られるように、自由とは強制に従わされることがない、ということを意味している。
この著書は、昭和46年に初版が発行されている。学生紛争なども経て、政府、体制、自由などの概念が人々の関心の中心にあった時期である。考察はなるほどと思わせる部分が多いが、テーマ・とらえ方がややわれわれの時代とは変わったのだなと思われた部分もあった。なぜか。まず、資本主義に対する社会主義という社会の体制についての鏡がなくなってしまったことがあるだろう。われわれは資本主義で行くしかない、その中で出てくる問題意識としては、どう改良するのか、といった漸次的工学でしかない。もっと言えば、漱石が三四郎の中で、根本的な問題ばかりを考えて大学は出たものの職にも就かず、家の中で「苦り切っている」書生の姿を描いているが、そんなことを考えること自体があまり意味のないことだったのかも知れない。自由、平和、体制そうしたものを考えることがなくなり、残ったのはありふれた日常生活だった。その日常生活を基点としてみると、かえっていろいろな人間・制度の姿が浮かび上がるようになってきた。