猪木武徳『自由と秩序−競争社会の二つの顔−』中央公論新社、2001年6月
- 作者: 猪木武徳
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2001/07
- メディア: 単行本
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○プロローグ
- 理性の力を信じることによって20世紀は爆発的なエネルギーを燃やし続けてきた。しかし、人間理性の限界を考えない社会主義経済の計画化は行き詰まりを見せ、自由主義国の平等化も極端に走りすぎ、活力が失われた。また、人類は地球的規模で殺し合いを行った。戦死者と全体主義国家による粛清の犠牲者は未曾有の規模にのぼる。
- こうした極端さには、自由の思想が本来的に持つ問題がある。自由を与えるとは、人間の力を過信する条件を与えることでもある。人間は数多くの偉業を達成してきた反面、わからないこと、できないことがあるということを忘れてしまった。過信がはびこり懐疑が失われた。
- 民主制や市場経済を組み合わせたシステムの欠陥を修正しつつ、何とか使いこなしていくには、「公共の利益」をどう考えるかということが重要である。
○第一章「リベラル・デモクラシーをめぐる5つの論点」○第二章「リーダーシップの衰退」
- 日本の組織はもともと現場の技能や知識の豊かさ、変化への対応能力の高さが強みだった。このため判断は現場で行われ、トップには判断力よりも調整力が求められた。ところが、現場の信頼性が低下してくると、ミスが発生したときのリーダーの対処能力の低さが露呈されるようになった。
- 強いリーダーシップということが言われるが、積極型人間は有益だが有害な人が多く、消極型人間は無益だが無害な人が多い。日本人はリーダー待望論かまびすしいが、本当はリーダーを望んでいないのではないか。
- 現行の日本国憲法に欠けているのは、専門知の組織方法と非常時におけるスピーディーな政策的対応に関する規定である。
○第四章「競争社会の二つの顔」
○第五章「視野の短期化と公共の利益」
- 人々の視野はますます短期化する傾向にある。木材の生産などのような長期のことができなくなっている。つねに短期決戦を目指す結果、長期的な利益、公共の利益が失われている。
- 人材の評価や選抜の方法は社会の根本的な活力を規定するファクターである。競争のない社会、公正な評価の通らない組織は長い目でみれば必ず衰退する。
◎3「戦後日本の合理主義」
○第七章「高等教育と経済学」
- 教養を論じるとき、なぜ古典が登場するのか。それはいかなる思考にも形がいるからであり、その形とは、時間のテストを経て生き残った古典が一番人知の詰まったものだからである。
◎4「国際社会の中の日本」
○第十章「グローバリズム」
○第十一章「言論の役割」
- 専門化と知識拡散により、専門的見地に立ちながら大局的な判断をする人々が消え去ってしまった。
- 論壇を活性化するには、極論や紋切り型の二分法はかえって思考停止を招く。