宇沢弘文『自動車の社会的費用』岩波新書、1974年6月

自動車の社会的費用 (岩波新書 青版 B-47)

自動車の社会的費用 (岩波新書 青版 B-47)

■内容【個人的評価:★★★★−】

  • 日本における自動車通行は、世界のどのような国に比べても歩行者にとっては危険なものである。日本ほど歩行者の権利が侵害されている国は文明国の中には見当たらない。
  • 日本では、経済活動に伴って発生する社会的費用を十分に内部化することなく、第三者である低所得者層に負担を転嫁する形で処理してきており、自動車はその典型である。
  • 新古典派経済学の枠組ではこうした問題を解明できない。ジョーン・ロビンソンはこうした状況をとらえ、「経済学の第二の危機」と呼んだ。
  • 私自身は、公害、環境破壊、都市問題、インフレーションなどの現代的課題を取り扱うとき、新古典派の枠組にどのような問題があるか考え、代替理論の構築を試みてきた。この本では、自動車に焦点をあてて研究の一端を紹介したい。

○序章

  • 日本では住宅環境が貧しいのに、道路には膨大な予算を費やし、裏通りまで厚い舗装路を通している。
  • 車を購入する、ガソリンを消費するということは個人の経済行動であり、それに対して何か言うべきことはないが、道路は社会的資源であり、これを利用するということは、社会的な観点から問題とされるべきである。
  • 日本における可住面積あたりの自動車の保有台数はアメリカの8倍に達している。
  • 社会的費用の内部化は、結局、歩行、健康、住居などに関する市民の基本的権利を侵害しないような構造を持つ道路を建設し、必要な道路の建設・維持費は適当な方法で自動車通行者に賦課することによって実現する。

○1「自動車の普及」

  • 自動車の普及により、自動車の所有を前提として快適な生活を保障するという社会になってしまった。実質的な所得分配に悪影響を与えている。
  • 自動車には功罪両面がある。罪の部分のみ切り離すことができないため、これをすぐに利用停止することはできない。その社会的費用を内部化することが必要であった。
  • 自動車の普及によって、他人の自由を侵害しない限りにおいて各人の自由が存在するという近代市民社会のもっとも基本的な原則が崩壊しつつある。
  • ガソリンを燃料とする自動車の開発は1885年にドイツのカール・ベンツとゴットリープ・ダイムラーによって行われ、その後アメリカにおけるT型フォードの量産により一気に普及していった。

○2「日本における自動車」

  • 路面電車は、低廉な価格で安定的な交通サービスを提供できる。軌道を路面電車専用とすることで快適さ、速度などという観点からすぐれた交通機関とすることができる。
  • ロサンゼルスは都市面積の25%が道路に、そして25%が駐車関連施設に利用されている。
  • 横断歩道橋ほど日本の社会の貧困、非人間性を象徴するものはない。
  • 東京の都心部は、かつては並木も多く、路面電車が走り、全体として住みよい街を構成していたが、高速道路の建設により見るも無残な姿に変えられてしまった。
  • 自動車が一台通ると人間の歩く余地がなくなってしまうような街路を、なぜ自動車が通行する権利があるのか不思議である。
  • 道路は、交通事故という犯罪と公害の温床であり、また自然・社会環境を破壊する役割も果たしている。

○3「自動車の社会的費用」

  • 本来、自動車の所有者や運転者が負担すべき費用を歩行者や住民が負担している。これを本来の姿に戻すことにより悪循環を解決できるのではないか。
  • 交通事故による死亡・負傷という生命・健康にかかわる被害を、ホフマン方式あるいはその変形によりはかってよいのか。一家の働き手を交通事故で失ったときの人間的苦しみはとてもホフマン方式で測れるものではない。
  • 歩道橋はきわめて非人間的である。ほかの先進国で歩道橋を導入しているのは見当たらない。
  • 私的資本には市場機構や価格機構が働くが、社会的共通資本にはこれは働かない。社会的共通資本は以下の通りである。
    • 1.自然資源:大気、河川、土壌
    • 2.社会資本:道路、橋、港湾
    • 3.制度資本:司法・行政制度、管理通貨制度、金融制度
  • 社会的共通資本には二つの特徴がある。
    • 1.各経済主体がそれぞれ、そのサービスをどれだけ使用するか自ら判断し、決定できる
    • 2.混雑現象の発生
  • 現在、道路整備費用の93%は自動車関係税からまかなわれている。しかし、市民的権利を侵害しないような構造の道路にするためには、より多くの投資が必要であり、これを自動車利用者に年間200万円程度賦課することで実現できる。この税制により、自動車利用者は激減し、自動車保有台数は適正なものとなるだろう。

○「おわりに」

  • 社会的費用の内部化により、他人の基本的権利を侵害しないような社会となり、住みやすい福祉経済社会への転換が可能となるだろう。

■読後感
論旨が非常に明確だが、この著作は1974年のもの、今2009年に読んでみると、現在の状況からはかい離してきている。今、交通事故死亡者はかなり減少し、危険な道路も少なくなってきた。自動車の排ガス規制も進み、自動車自体の環境に与える負荷が減少してきている。
この著作は社会的に与えた影響はおそらく極めて大きく、その問題提起を受けて、トラスティックな形ではなく対策が時間をかけて進んできたというところであろう。
また、LRTの取り組みも地方都市を中心に進みつつある。通勤地獄もずいぶん緩和された。