近代経済学研究会編『マルクスとケインズ 世界十五大経済学』富士書店、1966年4月

マルクスとケインズ 世界十五大経済学

マルクスとケインズ 世界十五大経済学

■内容【個人的評価:★★★★−】
◎第一編「古典学派より近代経済学へ」
○1「古典学派」

  • スミスが描き出した資本主義社会に生きる経済人の映像は、初期資本主義時代における一つの人間の理想像であった。そこでは利己心とは、社会の迷惑をも省みない自己主張ではなくて、他人への配慮を十分にわきまえたものとされている。つまり、自律的な個人の自由な行動のうえに調和のとれた社会の秩序を期待するものであって、当然一定の規範に服するところの利己心が要請されたのであった。この利己心の道徳的性格は、利己心の最良の表現として安全慎重の美徳が取り上げられており、一国の鍵を握る政治家たちの慎重な行動こそ最大の美徳であるとされている。
  • 謙譲な礼譲と強固なる独立不羈の精神、スミス流の資本主義の経済哲学は、こうした小生産者よりなる社会状況を踏まえて誕生した。
  • 当時ロックは、財産を人間の手の延長であるととらえた。財産は無駄な消費を省いて節約してためたものである。だから資本は正当な財産である。このロックの哲学のうえに、勤労と節約とを経済発展の物的な精神的な原動力とする古典派経済学がスミスにより打ち立てられた。
  • この学派の経済学では、生産的労働こそ富の根源であるという考えのもとに労働価値論が生まれることとなった。
  • スミスが国民の富を増加せしめるものは何かというところに関心を置いていたのに対し、リカードマルサスは、国富の分配が資本主義の発展にいかなる影響を与えるかという点に関心を置いた。これは資本主義の発展に基づく貧富の差という暗い影の差し込んだ映像を描くこととなる。

○2「歴史学派」

  • これら古典派に対し、後進国ドイツでは、イギリスの理論がそのままあてはまらない。ここに経済発展段階説が生まれた。リストは、経済社会の歴史的な発展段階を、未開→牧畜→農業→農工業→農工商段階に分けて説明した。当時のドイツは農工業段階にあり、イギリスは農工商段階にある。このため、当時のドイツには、自由貿易ではなく保護貿易が必要であるとした。

○3「マルクス学派」

  • マルクス経済学と近代経済学はよく対比される。しかし、この対立はもともとはウェーバーマルクスの方法論上の対立といってよい。
  • ウェーバーは人間の認識には限りあることを説いたのに対し、マルクスはそれが真理を究明しうる絶対の力を持つとした。マルクスの学説は何よりも現世の哲学であり、反宗教的である。
  • マルクス学派は、古典派の持つ自由放任思想には反対したが、理論装置はすべて古典派から引き継いだ。労働価値説はその大きな武器となった。労働が価値を作るのであり、スミスの謳歌した資本の蓄積は労働者からの搾取により成り立ったものである。スミスにおいては勤勉と節制という美徳の持ち主であった資本家は、マルクスにおいて悪辣な精神の持ち主と化した。

○4「限界効用学派」

  • 1870年代、メンガー、ヴィーザー、ボエーム・バヴェルクは歴史学派によって否定された理論の優位を回復し、同時にマルクス社会主義に対抗する理論を打ち立てようとした。マルクスが労働価値論に立って資本の利潤は労働者から奪い取ったものであるとしたのに対し、彼らは消費者の欲望から出発して理論構成を行った。価値は、人が汗水たらして作ったから生まれるのでなく、消費者大衆がこれを欲求するから生まれる。利潤や利子は、労働者から富の搾取を行うから生まれるのでなく、資本が生産性を持つために生まれる。
  • ロビンソン・クルーソーが、直接海岸で魚をとるのでなく、船や網を作り、数十倍数百倍の収獲をあげる。これを迂回生産というが、こうした道具、機械という生産手段こそは資本の中身である。資本の利潤はこの迂回生産の生産性に基づくものである。
  • この学派の最大の欠陥は測定できない効用を理論の基礎においたことである。ここにおいて初めて経済学が形而上学からはなれ、近代経済学への一歩をなした。
  • この学派からは、ハイエクシュンペーターが生まれている。

○5「ローザンヌ学派

  • ワルラスは、経済理論を力学と同じような精密性を持った科学にしようとした。このため、あいまいで非科学的な概念、たとえば労働や効用が価値の決定原因であるかどうかなどのことは捨象した。
  • 因果関係ではなく、経験的に確かめうる数量との間の相関関係だけを問題とした。たとえばりんごの価格がなぜ15円であるかは問わず、15円から20円に変わったときにどうなるかを問題とした。経済量の間の相互依存関係を正確につかまえるのが経済科学の任務であるとした(一般均衡理論)。
  • あるべき論がない。これはたしかに偉大な取り組みであった。しかし、人間の行為から成り立つ経済現象を対象とする経済学が自然科学と同じような科学になりうるのかという問題がある。
  • 一切の経験を省みず、純粋に合理的な思念の中で展開されたワルラスの理論はながく省みられなかった。しかし、ケインズ経済学の登場、経済統計学の発達、国民経済の全体的把握の必要、などとともに一般均衡論は現実経済分析の優れた道具であると確認されるようになった。これが実践的に用いられるにはヒックスの手を経なければならなかった。

○6「新古典学派」

  • ミル(1806-73)は社会改革者であった。だが社会が改革されて我々の目的がすべてかなえられたとしてそれからいったいどうなるのか。一切がはかないものに感じられた。彼はこのような心境を精神の危機とよんだ。
  • 人生の目的は幸福にあるが、人は幸福になろうと努力して幸福になるのではなく、他人の幸福、人類の進歩、職業などに専心しているときに偶然に幸福を見いだすものである。幸福とは物質的な生活条件のみならず精神的な価値である。
  • ミルは、社会主義者ではなかったが、労働生産物の分配が利己主義ではなく公正の原則により分配されることを期待した。
  • この精神はマーシャルに引き継がれ、社会の矛盾を資本家の騎士道的精神により除かれることを期待した。これはピグーの『厚生経済学』の理念、いわゆる福祉国家、修正資本主義の理念につながっていった。
  • 新古典派は、古典派の精神をはるかに抜いているが、あの粗削りな資本制社会の全体的な観察方法は失われた。古典派では資本主義の全般的な運動の問題が考慮されていたが、新古典派ではそれが失われ、現実からかけ離れた諸概念の分析がおもな関心となった。

○7「ケインズ学派」

  • 資本主義の現実が大きな問題をはらむようになると、新古典派は自らの理論には頼ることができなくなった。ここでケインズの経済学が現れる。
  • ケインズの経済学は「不況の経済学」などといわれるように、1930年代の世界的な大不況を背景として誕生した。アメリカのニューヨーク株式取引所の大暴落を発端として数千万の失業者が地球上にあふれ、工場の大半がその操業を停止することとなった。
  • ケインズの『一般理論』では、景気打開の方策を貨幣需要の増加に求めた。スミス以来の「節約は美徳」という考え方から「消費は美徳」という考え方に変わった。
  • 資本家が小さい生産者であったときには、節約による資本蓄積が重要であったが、巨大な産業資本に成長した段階では、節約は需要の減退、過剰な生産能力につながってしまう。生産の不足ではなく生産の過剰が貧困の原因となってしまっている。
  • ケインズの経済学は大不況の産物であったが、実践的な政策のための理論であった。国家の役割についても古典学派とは異なる態度をとっている。

◎第二編「マルクス経済学とケインズ経済学」

  • 古典派の枠組では、資本や労働はすべて完全に使用せられているとみなされていた。この枠組では不況や失業は一時的・摩擦的な不均衡であるとみなされる。
  • もともと、蓄積された富がすぐに資本に投下されるのか。そんなことはありえない。しかし、古典派は蓄積=投資を前提に立論した。ケインズはそうではないという前提に立った。
  • 人々がテーブルの周りを囲んでおり、めいめい自分の作った生産物をテーブルに投げ出し、そしてその品物が貨幣を差し出して交換にもらっていく。こうしたプロセスでものがテーブルのうえに山積みになることはない状態をセーの法則とよんでいる。この考え方が古典派理論の中核をなしている。
  • 物々交換の世界ではセーの法則が成立するが、貨幣が入ってくると、貨幣は富の蓄蔵手段でもあるため、これを蓄え始めると、テーブルのうえの品物は減らなくなる。
  • ケインズセーの法則を否定した。つまり供給が需要を作り出すということはない。需要自体の役割を彼は前面に押し出した。経済は常に完全雇用を保障されてはいない。雇用量を決定するものは何かということを問題の主眼においた。
  • 1930年代の貧困は、生産力の物理的破壊によるものではなく、物資がありあまって売れないところから起きた経済的破たんであった。
  • マルサスは早くからこのことに注目していた。人々がすべて親譲りの洋服を着、兄のお古のかばんを持って通勤し、ビールもたばこもやらずといった状態であれば、世の中の大半の企業や商業は立ち行かなくなる。それは雇用量の縮小、失業となって人々のみに降りかかってくるだろう。資本主義経済は消費に支えられている。節約・倹約は、個人にとっては良いかもしれないが、社会全体にとっては災厄の種になる。
  • ケインズの視点はすべて巨視的である。ケインズが需要、消費、貯蓄というとき、それは個人個人のそれではなく社会全体のそれである。また、投資という概念も、貨幣的な意味でなく、実物的な意味に用いられている。企業家が生産設備を増設したり新しく工場を作ったり原料の注文を発したりすることが投資であって、資金を貸し付けたり株券を買ったりすることではない。
  • 消費は所得の大いさによって決められ、また消費性向によって決められる。所得の増加により消費性向は低くなるため、富の分配が不公平になると消費性向は減退する。
  • 短期的には消費性向は一定しており、不足する需要を補うのは投資の大きさということになる。ただし、不況期においては企業の利潤率の見通しは弱くなるため、この弱い投資誘因をいかに刺戟して活発化できるかが経済政策の課題である。
  • ケインズは資本主義の未来に楽観的な希望を持つことができなかった。それは資本の利潤率が低下傾向にあること、国民大衆の消費は相対的に縮小の傾向にあることからである。ただし、マルクスのように崩壊すべきもの、ととらえたのではなく、うまく管理すれば生き長らえるだろうという立場をとった。
  • ケインズの理論は短期静態論である。資本の利潤率の長期低落について述べてはいるものの、それをもとに理論を組み立てたわけではない。消費や投資の変動にしても、すべて生産設備を一定としたうえでの雇用量の変化に基づいている。
  • 経済学に静態と動態という考え方を持ち込んだのはミルである。静態論とは、停止的な経済社会の観察をするものであり、動態論は変化発展する社会を観察する。古典派の中にもリカードは、資本蓄積の進行と資本制社会の運命について述べており、動態論の片鱗を見ることができる。
  • 近代経済学の陣営で、唯一動態論に着目したのはシュムペーター(『経済発展の理論』)である。また、古典派経済学から出たマルクス経済学こそは長期動態論要素を発展完成させたものである。
  • マルクス経済学の要旨は『共産党宣言』(1848年)において示されている。この三年前にエンゲルスにより『イギリスにおける労働者階級の状態』が著されている。これは統計的ではなくスケッチ風の書物であるが、スミスの楽天観が否定されている。
  • マルクスは、生涯のほとんどをロンドンで過ごし、イギリスの資本主義を見て、リカードの労働価値論を発展させて自分の理論を構築した。
  • マルクスの経済理論は唯物論という哲学思想のうえに築かれている。観念論哲学の行き着くところは神の容認であり、唯物論は現世的生活を第一とする。人間の欲する目的に向かって社会を革命することが至上命題となってくる。
  • これに対し、ケインズは哲学的問題について議論を展開しているわけではないが、人間の意思は社会の物的な階級構造の制約を受けるものではないという観念論の立場に立った改良主義である。改良主義はイギリス経済学の伝統である。
  • ミルは、社会主義には反対するが、労働階級の未来を無視して資本主義の発展は不可能であることを説いた。
  • マルクス経済学のエッセンスは以下の通りである。すなわち、資本家は労働者から搾取した富を蓄積し、資本に転化しつつより大きな富を搾取しようとする。こうして産業の機械化が進み、相対的に労働人口は少なくなり失業者が増える。労働力が欠乏するとさらに機械化を進めるため失業は必然的に生じ、労働賃金を下に圧迫する。恐慌にもさいなまれる労働者階級は資本制経済制度そのものを打倒するために立ち上がる。
  • マルクスは資本制の最も進んだ社会でこの革命が起きると考えたが、実際は最も遅れたロシアで起きた。これに対しレーニンは「資本主義経済発展不均等の法則」を打ち出し、発展の遅れた資本主義が先進国と市場を奪いあうときに革命が起きる=「帝国主義の最も弱き一環で生まれる」とした。
  • アメリカのマルクス主義者であるスウィージーは、後進資本主義国がまず社会主義化し、次いで先進資本主義国が追随するだろうと考えた。
  • ケインズはまともにマルクスに取り合っていない。シュムペーターでもそうだが、どんなにマルクスの業績をたたえてもその労働価値説は非科学的なものとみている。
  • マルクスの労働価値論のおかしいところは以下の通りである。
    • 1.人間の労働は科学的に計算できるものではない
    • 2.利潤が搾取に基づくのであれば、労働者が多いほど利潤率が高いはずだが、実際は逆である
  • もともと近代経済学は利潤の本質とか商品の価値といいったものに関心を持っていない。価格という現実を主に取り上げ、その後ろに潜む本質というようなものはわからないものとして問題にしない。近代経済学派は、商品価値がただ労働から、資本の生産力から生まれるとはとらえず、土地・自然・資本・労働の結合体としてとらえる。マルクスは利潤は生産過程で生まれるとしたが、近代経済学は流通過程で生まれるととらえる。
  • もし競争が完全であれば、生産の拡大が行われ、結果として供給過剰になり利潤率はゼロになるはずである。利潤が生まれるとすれば、資本家の競争が不完全であるか、生産技術の向上により流通界をかく乱するかのどちらかであると近代経済学はみる。
  • マルクス経済学は「窮乏化法則」を掲げるが、実際には労働者の生活は向上している。これに対し、マルクス経済学は資本家に対する相対的窮乏化であるとするが、それでは、利潤率低下の法則と食い違いが出てしまう。もし窮乏化がみられるとすれば、それは資本主義の発展が行き詰まって沈滞状態に陥るときである。
  • シュムペーターは、さまざまな問題はあるが、資本主義の長期の動態に着目したのはマルクスしかいなかったと高く評価している。マルクスを勉強したケインズ学派の人々、たとえばロビンソンやクラインは資本主義の運動法則の発見というマルクス経済学の課題に大きな魅力を感じた。マルクス経済学の分析観念は粗削りのものであるが資本主義の本質をえぐりだそうとするすばらしい長所を持っている。これに対し近代経済学は微細な問題についての説明の遊戯にふけっている。
  • 最終的に両者の対立は労働価値論に行き着く。マルクス経済学によれば労働価値論こそは資本による搾取の秘密を明らかにするものである。
  • ケインズ有効需要の不足が不況の原因であるとみている。これは消費需要と投資需要からなるが、これらは消費性向、利子率、資本の限界効率から決まるものであり、不況克服、完全雇用には次の三つの方策を組み合わせる必要がある。
    • 1.租税政策による所得の再分配と消費性向を高めること
    • 2.銀行の利子率を下げ投資活動を活発にする
    • 3.政府財政の公共支出により有効需要の不足を補てんする=資本の限界効率が低く民間投資が行われないときは政府が財政資金から投資をする。
  • 第一と第二の政策は限界があるため、第三の赤字財政による公共支出を高める必要がある。
  • ケインズ経済学においては社会制度は所与の条件ということになる。これに対しマルクス経済学では資本主義という社会制度そのものとの関連で経済分析を行う。近代経済学派は純粋経済学であるのに対し、マルクス経済学は経済社会学である。
  • マルクス学派はケインズ学派にたいしきわめて冷淡であるが、ケインズ学派はマルクス学派に接近を試みようとしている。それは、近代経済学の欠点に気づいており、これを補うためである。ケインズの理論はそれまでの微視的な近代経済学に対し巨視的である。しかし、長期の問題や景気変動の問題にまで分析が及んでいない。
  • マルクスケインズの間には著しい近似点がある。それは利潤率低下の問題である。ケインズは資本の利潤率=資本の限界効率が長期的に低下傾向にあることを述べている。マルクスはそれを資本の有機的構成の高度化から説明した。そしてマルクスからは資本主義崩壊論が、ケインズからは長期沈滞理論が生まれた。
  • ケインズ派マルクスの中に自己の理論に酷似したものを見いだす。そして、マルクスの扱い方は不完全であると考える。ケインズ派とりわけロビンソンは、ケインズの理論によりマルクス理論の不備を補うことを主張する。
  • 近代経済学は三つの主流からなる。
  • これらは、計量経済学によって一つに貼りあわされている。

◎第三編「世界十五大経済学」
○1「リカードオ(1772-1823)の経済学」

  • ケネーやスミスは経済秩序全体をはじめて考察の対象とした。これに対しリカードオは、経済学という学問体系を創設した。
  • リカードオはスミスのような手放しの楽観論を抱くことはできなかった。産業革命のもたらした社会的混乱の時代を生きたリカードオは、労働生産物の階級間への分配を問題にし、資本主義が長い発展ののちに停滞状態に陥ると予想した。
  • 自由貿易思想について、明確な理論的基礎を比較生産費説に基づいて打ち立てた。また貨幣数量説に基づいて貿易収支の自動調節作用を説明した。

○2「マルサス(1766-1834)の経済学」

  • ケインズが自己の理論の先駆者として最も評価しているのはマルサスである。またマルクスが経済学の俗流化への道を切り開いたものとして槍玉に挙げたのもまたマルサスである。
  • 人口論』が思い起こされるだろうが、これはマルサス評価の正しい姿ではない。
  • リカードオが抽象的な理論癖の人物だったのに対し、彼は具体的な現実に重きをおいた。
  • 青年に対し経済能力を持つまで結婚を控えるよう説いたが自身も39歳で結婚し、自己の理論の忠実な実践者となった。
  • ボナーは、こう言っている。「アダム・スミスは万人が称賛し、しかも何人も読まざる書を残し、マルサスは、何人も読まずして万人が悪罵する書を残した。」
  • ケインズは自己の理論が革命的であるわけを、セーの法則を否定した点に求めている。そして古典派にあってはやくもセーの学説に反対したのはマルサスであった。
  • セーの学説、「供給はそれ自ら需要を作る」には決定的な理論的誤謬がある。それは経済を物々交換と同じように考えているところにある。しかし、経済は貨幣を利用して交換され、しかもその貨幣は富の蓄蔵手段でもある。いったん貨幣が蓄蔵され始めるとセーの法則は成り立たなくなってしまう。

○3「マルクス(1818-1883)の経済学」

  • マルクス自身は、失意と貧窮のうちに死んだ。ゾムバルトはマルクスを、毒舌をはく不平に満ちた高慢な男として描いている。
  • 形而上学的思弁で積み上げられた彼の『資本論』は難解中の難解であり、ほとんど読まれることのない書物である。しかし、多くの青年の心を引いてやまないのは、社会的正義への欲求と、壮大な論理体系があるからであろう。
  • マルクス経済学の核心は労働価値説にある。マルクスはこれをリカードオから学び、壮大な学説体系を築いた。

○4「ワルラス(1834-1910)の経済学」

  • 当時、メンガー、ジェボンズワルラスは1870年代に期せずして同じように限界効用理論を生み出した。ワルラスは一方で一般均衡の理論を構成した。
  • 彼の経済学体系は、純粋経済学、応用経済学、社会経済学の三つから構成されるが、ワルラスの名とともに残るのは純粋経済学である。

○5「ヒックス(1904-)の経済学」

  • マルクスケインズの経済学は分析の中心が経済社会全体、すなわち巨視的な分析であるのに対し、ヒックスの経済学の最も優れた部分はその微視的分析にある。主著『価値と資本』は、ミクロ経済学の理論的最高峰といわれるほどである。
  • ヒックスはワルラス一般均衡理論を完成させた。効用という測定することのできない人間心理を経済理論から駆逐して、その代わりに限界代替率という新しい概念を導入して理論体系を構築した。
  • また、ケインズ経済学の乗数理論と加速度原理を用いて景気循環論を展開した。

○6「マーシャル(1842-1924)の経済学」

  • 今日ではマーシャルは、ケインズ経済学の母体であるケムブリッジ学派の創設者という古典的立場からのみ顧みられるようになってしまった。
  • 彼は経済構造は力学的であるよりも生物学的であると考えた。倫理学から経済学に入った彼は、福音伝道者的性格を残した。「温き心と冷たき頭脳」は彼の経済学を評するに最もふさわしい言葉である。
  • マーシャルの理論体系を方程式で表すと
  • M=kPY
  • (M:貨幣供給量、k:マーシャルのいう一定割合、P:価格水準、Y:実物所得)
  • となる。これは一つの貨幣数量説である。
  • マーシャルにあっては、現金保有の動機は取引動機と予備的動機に限られており、ケインズのいう投機的動機は表面に出てこないが、流動性選好理論の途上にあることは明らかである。

○7「ピグー(1877‐1959)の経済学」

  • ピグーは今日の福祉国家の考え方を『厚生経済学』で展開した。この考え方は、ヒックスやサムエルソンに引き継がれている。
  • 真理の前に謙虚にして冷静がピグーの態度である。
  • ピグーの三命題といわれるものがある。
  • ピグーの理論は、個人個人の効用は測定可能であり、それを差し引き合計して社会全体の厚生が測定できるという考え方に基づいている。ロビンスは効用は不可測であるととらえ、ピグー理論の批判を行った。
  • ヒックスやサムエルソンは、ピグー流の個人的な厚生関数に変えて社会厚生関数を持ち出して厚生経済学を組み変えた。

○8「シュムペーター(1883‐1950)の経済学」

  • 彼の理論の一番の魅力は、資本制経済構造の全般的な運動法則をとらえているところである。
  • グラーツ大学において記した『経済発展の理論』は、企業家の技術革新をもって経済発展の基本的要因とみなすものである。
  • 彼が経済分析の出発点としたのは、ローザンヌ学派の静態的な均衡理論であった。与件が同じであれば経済は均衡系にあるが、企業家が新しい商品を工夫し供給することにより与件を変え、利潤を作り出すのが動態である。

■読後感
予想以上にいい本で、まだ「教養」というものがあった時代の、学問に対する上手な整理をみることができる。それぞれの学派の考え方を有機的なつながりのあるものとして俯瞰できる。
ワルラスは経済を力学系ととらえようとしたが、人間は合理的な判断を行う機械ではなく、実際は生物のメカニズムに近いものである。病気になる場合も、ウィルス感染など主因はあるとしてもさまざまな要素が影響を与えるものだし、免疫系などの働きもあり、単純なものではない。
一つの病気の発生が単純には説明できず、また良くなったり悪くなったりと決して単線的ではないことなどをみると、経済学を力学的にとらえる新古典派にかわる生物学的経済学は必要とされているが難しいということもわかる。
インフレーションは、貨幣価値の暴落であるが、株式の暴落は、企業=工場制生産価値の暴落である。これもインフレと同じく、経済という循環系を狂わせるもととなる。
労働価値説は、ケインズ派のいうとおりまさに形而上学の産物であるといえる。賃金の問題は制度とモノ、貨幣の循環系として考えることが唯一の解法ではないか。
個別経済学者の説明においては、学説の内容をきわめてわかりやすくとらえられる。