佐和隆光編『現代経済学の名著』中公新書、1989年8月

現代経済学の名著 (中公新書)

現代経済学の名著 (中公新書)

■内容【個人的評価:★★★★−】

  • 社会科学の中でほぼ完ぺきに教科書化されているのは経済学以外にない。
  • アメリカでは毎年3000人の経済学修士と1000人の経済学博士が生まれ、経済学の教育・研究そして経済分析を行っている。一方日本では、依然として学会では通説を語り、教室では自説を語るタイプの先生が多い。

○ヴェブレン『企業の理論』

  • ヴェブレンは1857年にウィスコンシンの田舎にノルウェー移民の子として生まれた。
  • ヴェブレンは、現代企業における資本の特徴を「のれん」の中にみた。「のれん」は、確立された慣習的業務関係、特権・商標・銘柄・版権・秘密等に守られた特殊工程の排他的使用、特定の原料資源の排他的支配を含む概念である。「のれん」は社会には利益をもたらさないが、その所有者には格差利益をもたらす。
  • 現代の経済学者でもっともヴェブレンを評価しているのは、ガルブレイスであろう。また、最近では、新古典派の「経済人」モデルを批判するために彼の文章がしばしば引用される。

シュムペーター『経済発展の理論』

  • シュムペーターは青年期を世紀末ウィーンで過ごしたが、当時は、ハプスブルク帝国が崩壊への道をたどりつつあり、クリムトの絵画など多彩な文化が生み出された時代でもあった。
  • 『経済発展の理論』では、まず循環的な定常状態の社会が前提として存在する。この定常的状態を破壊するのは、企業者の新結合の遂行によってである。これをシュムペーターは「発展」ととらえ、「循環」とは別のものとしてとらえる。
  • 景気循環論』(1939年)では、コンドラチェフ波、ジュグラー波、キチン波という三循環をとりあげている。
  • 我が国は、シュムペーターを介して近代経済学が導入されたという独特の歴史を持つ。
  • 理論と政策を峻別していた。

○ロビンズ『経済学の本質と意義』

  • ロビンズはこの中で、効用の個人間比較は価値判断であり科学的根拠を持たないこと、「である」と「べき」を含む命題はまったく別の平面にあることを主張した。
  • 後者は「経済学は諸目的の間において中立的である。経済学は、究極的な価値判断の妥当性について意見を述べることはできないのである」としている。つまり「経済科学」と「政治経済学」を峻別しようとした。

ケインズ『雇用・利子及び貨幣の一般理論』(1936年)

  • ケインズは「ザ・ソサイエティ」という1820年代より続くグループに属し、伝統・慣習に囚われることなく、自らの理性に照らして納得できるもの以外は認めないというケンブリッジの合理主義を身に付けた。
  • 1929年の世界大恐慌の際、大量失業が生じたことについて古典派は、不当に高い実質賃金率が原因であるととらえたが、ケインズは低い有効需要が原因であるとした。
  • ケインズの世界とは、商品交換者の構成するシンメトリック新古典派の世界とは異なり、それは、不確実で不可逆的な時間の中で、企業者、資産家、労働者の三者が決断・行動する社会である。そこでは貨幣はたんなる交換手段ではなく、特別な意味を持っている。どれだけ貨幣が商品に対して現れるのか、つまり有効需要の大きさが商品生産の水準を決定することとなる。
  • 投資水準の変化に対し、生産水準、国民所得水準がどう決まるかを説明するのが乗数理論である。所得−消費支出の連鎖によって消費財需要が波及的に広がり、波及が行き着けば、投資支出増分の(1−限界消費性向)倍の所得増加がみられるというものである。
  • 先行き不安が不安を呼ぶ不況時には投資は非常に低い水準となってしまう。このようなときは政府が公共投資を拡大するという裁量政策に訴えるしかない。
  • 投資に当たっては利子率が重要であるが、流動性選好説によれば、利子率は様々な債券と投機的に保有されたストックの需給により決定されることとなる。(これは新古典派のいう貯蓄と投資のフローの需給ではない。膨大な金融資産が蓄積された経済にあっては、フローは相対的に小さくなってしまう。)つまりは資産家階級が金融資産に対しどう配分を決定するかが利子率の決定要因ということになる。
  • ケインズの理論は、フランクリン・ルーズベルトニューディール高橋是清の時局匡救政策などを理論的に支持するものであり、完全雇用政策をはじめ経済政策立案に影響を与えた。
  • 『一般理論』の普及は、刊行直後に現れたヒックスの「IS・LM」分析(利子率−所得平面において、財市場の均衡を表すIS曲線と金融市場均衡を表すLM曲線とが交差する点で実際の所得・利子率が決定されるモデル)に全面的に依存していた。
  • 1970年代のスタグフレーションの中で、政府の裁量を否定するマネタリスト、合理的期待形成学派に主役が変わり、完全に新古典派の中に吸収された。
  • こうした流れの中で、新古典派総合のマクロ経済学は本当にケインズ・オリジナルのアイディアを受け継いでいたのかという疑問を呈する人もいる。

ハイエク『市場・知識・自由』

  • ハイエクは、1930年代ケインズ、スラッファとの論争及び計画経済論争にかかわった。
  • ハイエクケインズは、自然利子率と貨幣利子率のかい離というウィクセルのテーマを論じ、ともにウィクセルを継承すると主張する。ヒックスは、両者に共通なのはこれだけである、といい、事実二人は激しく論争した。
  • ハイエクケインズの『貨幣論』に対し手厳しい書評論文を書き、ケインズハイエクの『価格と生産』はもっとも支離滅裂な書物であり、本論には正しい命題はひとつもないとした。
  • ハイエクは、「一人の人間は社会全体のちっぽけな部分以上のことを知りえない」という知的事実を出発点とする。計画化思想を、個人の理性の力を買いかぶるデカルト流の合理主義に見いだしている。
  • 真の個人主義は一次的には社会の理論であり、人間は自由にしておかれると個人の人間理性が設計しあるいは予見しうる以上のことをしばしば成し遂げると信じるのに対し、偽の個人主義は自然発生的な社会的産物に信を置くことは論理的に不可能として直接に社会主義を導くと主張する。

○ヒックス『価値と資本』

  • ヒックスは市場における均衡の問題を扱ったが、ワルラスのたんなる継承者ではなく、いくつかの独自の貢献を行っている。
  • まず、価格変化が需要量に与える影響を「所得効果」と「代替効果」に分解するパレートやスルツキーの消費者均衡理論を発展させ、需要の諸法則を定式化したこと。
  • 次いで、消費者行動の分析を行うについて、序数的効用に基づく無差別曲線分析の手法を確立したこと。
  • さらに、市場均衡の安定条件を多数財市場に拡張・精緻化したこと。
  • こうして市場均衡の理論に到達したが、彼の真の関心はむしろ経済動学にあった。

○レオンティエフ『アメリカ経済の構造』

  • レオンティエフは、社会的生産物の生産のみならず分配をも数字でとらえ、全再生産過程を総括的に描写するものである。
  • 産業連関表は、投入−産出表と投入係数表に分けられる。
  • 従来の実証分析では果たしえなかった産業部門間の相互関係が明らかになった。
  • 産業連関分析についてレオンティエフは、ケネー以来の経済循環体系の表式化を現実にあてはめたものといっている。

○ハロッド『動態経済学序説』

  • ハロッドはケインズと最も親交のあった人物として知られる。
  • 乗数効果と加速度原理はハロッドの『景気循環論』の基本的構成要素であった。にもかかわらず、ハロッドはサミュエルソン式の展開には否定的であった。
  • ハロッドの動学が目指したのは、あくまでも定常的な成長率を伴う均衡成長の理論、変化率を未知数として決定するような理論であった。
  • ハロッドは、現実の成長率が保証成長率からかい離すると、ますます遠ざかる傾向を持つというナイフ・エッジ定理を定立した。
  • これに対し、R.ソローの新古典派成長理論は、資本と労働が代替関係にあるために完全雇用が実現されるというモデルを採用している。

○サイモン『経営行動』

  • サイモンの研究活動は、行政学から出発し、管理理論、組織論、社会学、心理学、経済学を経て、近年ではコンピュータ・サイエンス、システム論、人工知能の分野に至っている。
  • サイモンは1978年にノーベル賞を受賞したが、これは「経済組織内部の意思決定過程についての研究」が理由となっている。
  • 管理組織の個人の意思決定は目的志向的である。目的に合致しているかどうかが意思決定の合理性の判断の材料となる。そして多くの目的は、より上位の目的に対する中間目的にすぎない。目的と手段の連鎖が続くこととなる。
  • 組織における人間は、制約された合理性のもとで、ある程度よいというところで満足するものである。こうした満足基準に基づく人間行動をサイモンは経営人と呼び、ホモ・エコノミクスの仮定に対する概念として理論化した。

サミュエルソン『経済学』

○アロー『社会的選択と個人的評価』

  • アローの一般可能性定理は、社会的選択関数の存在が一般的に不可能であることを主張するものである。-

○ミュルダール『経済理論と低開発地域』

  • ミュルダールは若い時期はワルラス・モデルに予想を導入して新古典派理論を拡充したが、次第に権力の問題や社会的・政治的階層、そして制度一般を重視する制度学派の経済学者へ転向した。

○ベッカー『人的資本』

  • 労働経済学に、それまでの制度派による労働組合最低賃金など制度的枠組重視の考え方に代わり、人的資本の考え方を導入した。人的資本とは、生産活動に有用な、人間に体化された技術や知識のストックを指す。その知識・熟練を育成強化する教育や訓練活動は人的資本への投資とみなされる。
  • この理論の背景として、経済成長の要因を数量的に解明しようとする試み、技術進歩のみならずシュルツやデニソンによる人的資源の貢献を重視する考え方が影響を与えた。

ガルブレイス『新しい産業国家』

  • ガルブレイスのスタイルとして、依存効果、社会的バランス、テクノストラクチュア、計画化体制など特有の用語を駆使したことがある。

フリードマン『選択の自由』

  • フリードマン福祉国家を批判し、政府の干渉が過ぎると自由が抑圧され、経済の効率性も危機に陥れること(士気を失わせ、他方では不労所得を作り出す)を唱えた。また、結果の平等を痛烈に批判した。

○サロー『ゼロ・サム社会』

  • サローのゼロ・サムとは、市場の失敗によって失われたパレート最適を回復しようとする施策がさらに失敗を重ねていく過程である。

■読後感
ケインズの理論は、必ずしも包括的なものとはいえない。これは経済のある局面において処方せんを提供するものであり、当然ながら外部性の問題などとは無縁のものである。