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宮台真司『世紀末の作法』リクルート、1997年8月

世紀末の作法―終ワリナキ日常ヲ生キル知恵

世紀末の作法―終ワリナキ日常ヲ生キル知恵

■内容【個人的評価:★★−−−】

  • わたしは、1960年代から1970年代にかけての数十冊の少女漫画を再び読みふけり、そして、ある確信を抱くに至った。それは一方で、失われた幻想はもう帰らないということと、かつての社会のあり方には二度と戻れないという酷薄な事実の確認だった。
  • かのウェーバーが述べるように、資本制システムの立ち上がりの時期には、宗教的勤労倫理をはじめとするシステム外部の価値や倫理が必要だが、いったん立ち上がると価値や倫理はシステムの中での生き残り動機に置き換えられていく。
  • 道徳は伝統的な宗教倫理のようにカウンターバランスたりうるか。ノー。なぜなら近代化それ自体が道徳の母体となる共同体を破壊ないし縮小させてしまうからである。
  • 私たちの本当の社会の危機は、動機づけのシステム、すなわちインセンティブ・システムの機能不全がすでに始まっているところにある。官僚の腐敗汚職も、倫理というより動機づけの問題だ。すでに合意された目標(物の豊かさ)はなく、労力の成果が必ずしも認められない。緊縮財政の中では高給の支払いもままならない。とするなら、どうやって自尊心を抱くのか。自尊心なき存在は、どんな逸脱にも敷居が低くなってしまう。ノブレス・オブリージを回復せよという論壇の発言は、倫理と同様、自尊心にもバックボーンが必要であることを見逃した、実効性なき遠吠えに過ぎない。