ダグラス・C・メリル&ジェイムズ・A・マーティン『グーグル時代の情報整理術』早川書房、2009年12月

グーグル時代の情報整理術 (ハヤカワ新書juice)

グーグル時代の情報整理術 (ハヤカワ新書juice)

■内容【個人的評価:★★★★★】

  • 自分は失読症であり、数字や文字が頭の中で反転してしまい、読み取りができなかった。大学院では認知科学に関する研究を行い、これを進めるうちに、従来の数学やその他の学問の教え方は、脳の実際の仕組みにあまり即していないことがわかった。それだけではなく、私は社会構造の大半が人間の脳のしくみと矛盾していることに気づいた。これこそが自分自身や情報の整理整頓を困難にしている大きな要因なのだ。
  • 私は、学習と正面から向き合うのではなく、学習障害のもたらす制約をくぐりぬける方法に目を向け、脳のストレスを軽減し、本当に覚える必要のある情報のみに意識を集中させるテクニックや方法を身に付けることとした。
  • 人間の短期記憶には一度に5〜9個の物事しか保持できない。また、脳は意思決定にも不向きである。常にいくつもの選択肢に囲まれ、脳は一日の終わりにはすりきれてしまう。
  • 無秩序はストレスを引き起こす。ストレスがたまると物事が思うように進まなくなる。
  • 本書のテーマは整理術である。パート1では自分自身を見つめ直し、自分自身のやりたいこと、制約、目標実現の方法を考える。パート2では情報の検索方法や整理方法などツールも利用して行う方法を考える。パート3では集中力を最大限に発揮する方法、いつか訪れる想定外の危機にエネルギーや脳のパワーを注ぎこむための備えを考える。

◎パート1「自分を客観的に見つめ直す」
○第一章「自らの脳を探る旅」

  • 脳は、曲をちょっと聴いただけで言い当てたり、フリスビーの着地位置を判別したりと驚くべき能力を持っている一方で、情報の記憶が不得手で正確に物事を覚えるのも不得意である。
  • 整理術を身につければ、脳のパワーを温存しながら情報を処理・保持することができる。
    • 整理術の原則1:脳の負担がなるべく少なくなるように生活を組み立てる。
    • 整理術の原則2:なるべく早く、頭の中から情報を追い出そう。
    • 整理術の原則3:ながら作業は一般的に効率を低下させる。
    • 整理術の原則4:物語を使って覚えよう。(情報を記憶する前に、そのデータを後でどう利用するかを考える。)
  • 脳は意思決定が苦手。レストランに行ってもメニューの中から決まったものだけを選んでいる。選択肢を選んだときにどうなるかを想像できる力が必要。

○第二章「どうしようもなく間違った現代社会の仕組みと向き合う」

  • 整理の必要な情報を記憶するうえで、脳が障害になることを確認したが、現代社会のありとあらゆる仕組みが障害となる。
  • 社会に合わせて自分を変えるのではなく、社会そのものや社会に対する接し方を見直す必要がある。
  • 代表的なのは9時5時の勤務時間である。産業革命後の工場労働において1日10〜16時間という長時間労働が慢性化していたが、テイラーが、無駄な作業が少なくなるよう細分化してとらえ、労働者ではなく製造部品が動くしくみを作り上げ、労働組合との交渉の末週40時間労働が定着した。工業からサービス業へシフトし、ネットワークにより在宅勤務が可能となった現代においても、9時5時のスタイルが温存されている。
  • 自動車も人間の生活のさまざまなものを変えた発明品であるが、しかし、石油、地球温暖化、交通渋滞、などさまざまな問題を引き起こしている。通勤に時間をかけ、生産性の低下にもつながっている。最近はこれを見直し、自動車の一掃、住民の都心回帰が進みつつある。通学バスを廃止し、渋滞、二酸化炭素排出、子どもの肥満を克服しようとした都市(イタリア、レッコ)もあった。
  • 昔は知識は力なりといわれたが、今では知識は書籍やネットワークにある。また、自分にのみ知識があると過信すると仕事を抱え込んでストレスを受ける。知識は力ではなく、知識の共有化が力になるのだ。

○第三章「自らの制約と向き合う」

  • 個人的な制約の問題点は、あまりにも足手まといになるということだ。私たちの目標の実現を執拗に妨害してくる。
  • 思い込みの制約でなく、現実的な制約をくぐりぬける術を身につけよう。制約を思い浮かべ、書き出してみよう。そしてそれが現実のものなのか思い込みのものなのか判別してみよう。
  • あなたの現実的な制約を見つめ直すには、360度評価が役に立つ。うまくやっている部分、やっていない部分、強みと弱みを同僚、部下、上司から意見を寄せてもらうのだ。

○第四章「目的を明確にすることが重要」

  • 大学で論文を書くときに、指導教官からは論文で何を明らかにするのかという目的が明瞭でないと指導された。エンジンをかける前に、どこに向かうのかが明らかになっている必要がある。
  • 本当に恐ろしいのは、誰かに任せることを学ばなければ、自分にとって本当に重要な仕事にいつまでたっても集中できないということである。
  • ちょっとした時間に、いくつかの信頼できるオンライン情報源から情報を収集するのはいいがのめりこむのはよくない。
  • 計画が大きいほど意思決定の数も大きくなる。意思決定の苦手を克服する方法としては、
    • 1.信頼できる人々に自分の意思決定について意見を求める
    • 2.意思決定の様々な結果をシミュレーション(試着)する
    • 3.調査を行う。(やりすぎは禁物)
    • 4.意思決定により想定される結果の利点と欠点のリストを作り、重要度の順に並べる。それを一日〜二日後に見返す。

◎パート2「新時代の整理術を身につける」
○第五章「検索が重要なワケ」

  • 万人共通の整理術という考え方は、テイラー・システムに共通している。本来整理術はひとそれぞれではないか。
  • 検索は情報化時代で生き抜き、成功するための必需品である。新時代の整理術の基本でもある。
  • クラウド・コンピューティングに疑問を持つ人もいる。個人情報や機密情報をインターネット空間に漂わせておくという考え方への疑問である。しかし、不安よりも利点の方が多い。

○第六章「検索技術をマスターする」
○第七章「情報を目立たせるには」

  • 少し前まで、自分の考えや文章などをクリエイティブに表現できるのは選ばれたほんの一握りの人々だけだった。しかし近年、インターネットにアクセスできる人ならだれでも世界中の人々に物語、記事、動画、写真、哲学思想を届けられるようになった。
  • 手元に残すべき情報がわかったら、次はその情報を保存・整理するのに最適な方法を判断しなければならない。情報の記憶が必要な場合は、正確に記憶する方法を見つけなければならない。
  • 情報を読んで、必要な部分をマーカーし、そこを改めて読み返そう。
  • 文章の中の情報を理解するという読書で最も重要な作業を、一度に消化できるひと口サイズのかたまりに分けることで記憶の必要な情報に対処できる。
  • 大きなかたまりを小さなかたまりに分けるという作業は、情報だけでなく行動にも当てはめることができる。
  • 会議では、話題はさまざまな方向へ飛び、話題Aから話題B、話題Cへ移り、また話題Aに戻ったりすることもある。このメモも、読み返して並びかえし、重要性の低い発言を切り捨てることができる。
  • 週1回は重要な情報を見直す時間を設けよう。

○第八章「紙とデジタルの使い分け」

  • 紙の利点の一つは頭の中をきれいにできるということだ。いくつもの考えが頭を駆けめぐっている場合には紙に書き出すと気分がすっきりする。これをコンピュータで行うことは可能だが、違和感がある。紙はブレインストーミングにも役立つ。
  • 紙はPDF化してデジタル保存しておけばよい。

○第九章「電子メールを検索可能な自分履歴に変える方法」

  • 職場と私用のメールアドレスを分けることとしよう。
  • GメールはTODOリストにも使うことができる。

○第十章「カレンダーをクラウドに保存すべき理由」

  • 人生は、仕事とプライベートが複雑に絡み合っている。アウトルックのように職場だけを管理するのでなく、生活を丸ごと管理できるグーグル・カレンダーが適している。
  • またグーグル・カレンダーは共有が可能であり、他者とスケジュールの調整が最低限で済む。

○第十一章「文書とウェブ・コンテンツの整理」

  • グーグル・ドキュメントを使えば共有化が可能で、出席者が会議録を修正することもできる。

◎パート3「大小さまざまな困難に打ち克つ」
○第十二章「注意の散漫をなくし、仕事に集中する方法」

  • 仕事の文脈が変わると混乱が生じる。一方で、文脈が変わらないと退屈する。
  • 文脈が変わると、脳は空席を作るために短期記憶の情報を移動、保管、消去しなければならない。不要な情報ばかりでなく、必要な情報も消されるかもしれない。
  • 文脈の変化をなくすことはできない。これを最小限に抑えることはできる。文脈の似た仕事をまとめるというのは一つの方法である。電子メールに気をつけようということはすべての整理術に書いてある。着信しても気にならないよう、時間を決めて行うということだろう。休憩も適度にとるべきである。
  • 他人をシャットアウトすることが望ましいが、これができない場合は、ともかく毎日10分から15分は自分の時間を設けることである。ただ考えるだけの時間は究極の文脈変化への準備となる。
  • 会議を開く場合には目的をはっきりさせよう。できれば30分以内に抑えたい。

○第十三章「仕事とプライベートを融合させる方法」

  • 仕事とプライベートのバランスということがいわれるようになったが、正確な意味も不明で実現も難しい。
  • 一般的には仕事をより効率的にこなし、プライベートにかける時間を充実するということだろう。
  • しかし、現代の頭脳労働社会で仕事とプライベートのバランスは幻想でしかない。
  • より現実的な目標は、ストレスを減らし、イライラを取り除き、生産性を上げ、人生の喜びや困難とうまく付き合いながら仕事とプライベートを融合させることだ。
  • 仕事とプライベートを分離できる別個のものと考えるのはやめよう。
  • 一日の中で仕事が一段落したら一人で外の空気を吸おう。そうすることで頭を落ち着かせ、すっきりとさせることができる。残業したとしても犠牲を払ったという気分にはならない。
  • 週末のちょっとした時間にこまめに仕事をこなせばイライラしなくて済む。
  • 一日の仕事を効果的に組み立てられなければ脳に休憩を与えないまま、仕事をぐずぐずと引き延ばす羽目になる。

○第十四章「想定外の出来事に対処する」

  • 経済の崩壊、病気、最愛の人の死など、人生で直面する大きな問題はコントロール不能な出来事から生じる。これを最小限のストレスを乗り切るには、危機が起きる前に心の準備を整えておくことである。
  • ストレスがかかるとうまく意思決定を行ったり、困難に立ち向かったりできなくなる。できることといえば、それほど重要でないストレスを最小限に抑えるくらいである。
  • 大きな困難に直面すると人はより多くの情報を集めようとする。それで問題に対処できればよいが、多くの場合情報に飲み込まれてしまう。コミュニケーションを図るに際し、本書で紹介するツールや戦略は信じられないほど役に立つ。そういう点から言っても、想定外の出来事が起きる前にしっかりと準備を整えておきたい。
  • はるか先まで予見し、準備するのは、今を生きるエネルギーを消耗させてしまう。
  • 真の整理術とは、危機が発生しても、「今」を生きる力が残っているということである。それができれば未来を予測するのに無駄な時間やエネルギーを注がずに済む。そんなことは不可能なのだ。

○第十五章「まとめ」

  • これまで紹介した20の原則のうち、自分に適合するものを探し、自分なりに加工して使ってほしい。

○「エピローグ」

  • 予測するのではなく、前に進む。「考えるな、滑れ!」
  • 整理することで効率や生産性を高め、ストレスを減らすことができる。もっと重要なのは、自分自身を解き放ち、人生を心から満喫できることだ。

■読後感
最初、この本を手に取ったとき、ツールの紹介があまりにもシンプルすぎて評価できず、購入もしなかった。しかし、よくよく読んでみるとこの本においてはツールの紹介はおまけのようなもので、中心となるテーマは人間とはどのようなものかという理解を踏まえた社会のあり方・仕事のしかた・人生への対応などの考察にある。
これまで私たちは、外界を与件とし、これに自分を合わせ、どう生きていくかという視点を中心に持たされてきた。しかし、この書物の発想は、自分を与件とし、外界そのものや外界からの情報の受け取り方、外界への対応の仕方をどう変えていくかという視点が中心にある。
前者の考え方は、大げさに言えば進歩主義、機械論的、新古典派経済学的な人間観であるのに対し、後者の考え方は、実態としての人間に立脚したものである。まず生物としての人間の本質を理解し、ではその上で制度をどのような形にすべきなのか、一個のアクターとして、どのように思考すべきなのか、どんなツールを利用すべきなのかを考えている。
原則4「物語を使って覚えよう」は、認知科学の観点からは、人間は通常文学、文脈というものを利用して物事を記憶するということである。ということは、逆に言うと「〜は、こういうものなのだ」という文学、文脈という狭い回廊を通ってしか判断できないことを意味している。
となると、世間に流布しているマスコミの言説や覚えやすい文脈にもとづいて判断したり評価したりしている、人々の意思決定には共通性が生まれやすいということにもなる。海外に行って考え方の違いに驚くということも、それはその社会の文脈なのだということができる。
「理性的な判断」ということが言われるが、それは何らかの方程式を解く科学的な判断のプロセスではなく、「これはこうするべきで、それがふさわしい」という文学的な判断のプロセスである。