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橋本治『貧乏は正しい!ぼくらの最終戦争』小学館文庫、1998年4月

ぼくらの最終戦争(ハルマゲドン)―貧乏は正しい! (小学館文庫)

ぼくらの最終戦争(ハルマゲドン)―貧乏は正しい! (小学館文庫)

■内容【個人的評価:★★★★−】
○第一章「阪神淡路大震災編」

  • 今度の大地震で分かったことがいくつかある。一つは、日本のどこにいつ大地震が来ても不思議はないということ。
  • 地震やそれを原因とする火災は、平安や鎌倉の大昔にだって起こって、そういう大災害が鴨長明に「行く河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」という『方丈記』を書かせた。
  • 人間というのは、自分の身にしみなければ、大変なことを「大変だ」とは思わないような生き物なのだ。
  • 「世は無常」である。そして、それはどういうことなのかというと、「人間は、いつでも自分の人生のすべてがチャラになってもいいような覚悟をして生きていかなければならない」ということでもある。
  • 阪神大震災の三年前、北海道の奥尻で大地震が起こったときもそうだったけれども、いつの間にか、日本人は泣かなくなっている。大地震で家を失っても家族を失っても、泣きわめいている人の姿というのは、ほとんど見ない。
  • 人間というものは、たとえどんな大悲劇に巻き込まれても、それを「自分だけの悲劇ではない」という風に理解してしまえば、そうそう簡単には泣かない。
  • 豊かになったとき、人間は貧しさの意味を忘れる。貧しさとは、惨状に引き込まれて簡単に負けてしまうような「もろさ」なのだ。
  • 現在のきみのいるところは、平和で何事もない、「たどり着くべきゴール」である、「そこ」なんだよ。そのことを、知っておくべきだね。

○第二章「オウム真理教編」

  • 現代の普通の人間は、みんな「人生はこれ一回限り」と思っている。「自分の人生は自分のものだ」と思っている。こういう考え方が出来るんだとしたら、現代人はみんな、古代インド人のレベルでは、「解脱を完了してしまっている」ということになる。
  • 「一体、人間というものはなんのために、歴史という時間を費やしてきたんだろう?」と、「人生とは無限に続く受験勉強状態である」と思っている不器用な人を見ると思うよね。「受験勉強以外に価値観というものはないのか?」とかね。

○第三章「きみ達にちょっと言っておきたいことがある」

  • 重要なのは、「著者」なんかじゃなくて、「その本に書かれてあること」と、その本にを読んだことによって生まれた−あるいは発見できた、「自分の心」なのである。その二つは一つで、その本を読んで自分が感動してしまった以上、その本に書かれているものは、「自分の心」なのである。
  • 「自分のことをはっきりさせたい」と思う私にとって、重要なのは、「その本の著者がその本を書いた」という「他人の行為」ではなくて、「自分はその本を読んだ」という「自分の行為」なのである。
  • あくまでも感動した自分の帰っていく先は「新しい自分の現実のなか」で、現実とは関係のない観念のなかにズルズルと入り込むことじゃない。
  • 自分の現実は、自分で作らなきゃならない。自分の現実を直視しないで、平気で他人の作った仮想現実の中に入っていっちゃうことを、「あぶない」というのだ。
  • 「自分の現実は自分で作る」−それが、「自分の人生は自分のものだ」と思ってもいい、「解脱」以降の現代の常識なのだ。

○第四章「きみのハルマゲドン」
○第五章「王子さまからはじめよう」

  • 評論家だけで食っていくなんてことは、まず出来ない。それでも構わないといえるのは金持ちのお坊っちゃんだけだ。現実のせせっこましさにとらわれずに、いろんなことを悠然と考えて書いていられる。現実のせせっこましさにとらわれずに、評論家になれるための十分な仕込みというものもやっておくことができる。人間というものは、うっかりすると、生活の心配というものによって、自分の頭のなかを歪められてしまうものである。

○第六章「いじめとは、時代の転換を示す指標である」

■読後感
著者は、これからの若者に対するメッセージとしてこの本を著した。
社会の歪み、変質をとらえつつ、どう自立した存在として生きていくことができるのか、ということを47歳のオジサンの立場から、手を変え品を変え一緒に考えている。
基本的に貧乏ではない現代の若者(親の庇護下の若者)は、貧乏をたんに怖がっている。これを著者は貧乏を克服できていない、ととらえている。
いろいろな矛盾や課題を避けるのでなく、自分なりの視点でとらえ、そしてどうするかを考える。至極もっともな視点が、今や借り物の考え方や振る舞い方に毒されて、若者が大人になることが出来ない、そんな状況こそ、この本でいう「解脱できない」ということでもあろう。
冒頭の阪神大震災における考察にもあるように、ボランティアのようにまず自分で動いてみる、ということが意味のある処方箋として示されてように、現実はこういうことなんだということをリアルな体験を通じて認識することを推奨している。
同じ47歳として、若者に対して自分が言えることは何か。この書と通じるところが多いが、体験をふまえ現実を知る、課題はなにか、自分は何ができるか、これをちょっと苦しんで考えてみること、そしてその考えを自分の言葉で文章化(流行りの言葉を使うのでなく、素直な言葉を)してみる、このことがその若者の血肉となると思う。結局のところ、立ち返れるのは自分の言葉しかないからだ。