中上健次『岬』文春文庫、1978年12月

岬 (文春文庫 な 4-1)

岬 (文春文庫 な 4-1)

■内容
 紀州の「路地」に流れ者の子として生まれ、成人して土工として働く秋幸を取り巻く人々の関係を描く。
 貧しく、玉子焼きが唯一のご馳走という家庭に育ち、家族には母以外誰一人血のつながった者がいない。彼は「雲を突くような」大男だが、それは非道の限りを尽くしているあの男の血を明らかに受け継いでいることを示している。
 「路地」の複雑な血縁関係の中で、人々は放埓であったり、いさかいや刃傷沙汰を起こしたりし、なかには獣の蹄のような手を持つ異形の者もいる。同僚が殺人事件を起こしながら、それを日常の噂話のように人々は語らう。そのなかで、秋幸は自分らしくありたいと坦々と日々の仕事をこなすが、いつしか否応なくそうした関係性に取り込まれていく。

■読後感
 これほど会話に満ち溢れながら、全編を通じてじめじめとした雨が振るような作品もないだろう。
 この作品の中で唯一希望の光のように見えるのは優しい美恵姉だが、体調を崩し、親族の法事でのできごとをきっかけに発狂してしまう。おだやかで平凡な毎日が、特殊でねじれた関係の中で破たんへと向かっていく。
 限られた地域・家族関係が抱える暗さというものを描き出した作品だった。「岬」という字は「呻」にさえ見えた。