ジャレド・ダイアモンド他(2012)『知の逆転』NHK出版新書

知の逆転 (NHK出版新書 395)

知の逆転 (NHK出版新書 395)

■内容【個人的評価:★−−−−】

◇科学で分かること、分からないこと

  • 科学は生命の豊かさに対する畏敬の念を与えることはできるでしょう。科学は宇宙の起源に対する説明を与えることもできる。それはたいへんにわくわくすることです。しかしそれでは人生の問いに対する答えを提供することにはならない。科学に答えを見出せない人々は、当然他を探すことになる。別に宗教を薦めるわけではないけれど、他の人々がなぜその方向に向かうのかは理解できます。(112ページ)

■コメント「科学的知識を究めることにより、深い見識に基づいた人生に対する確固たる考え方が確立するわけではない。原理ではなく、ストーリーがそこにはなければならず、宗教ないしは人生訓のような文学的なものが必要とされる。」


◇人類の認識能力は五万年前と同じ

  • わかっていることとしては、約五万年前、ごく小さなグループの人間が東アフリカを出て、急速に全世界に広がっていったということ。それ以来、知る限りにおいて、認識能力の進化は起こっていないのです。つまり、たとえばアフリカを出てから全く他の人種との接触のなかったパプア・ニューギニアやアマゾンの原住民の子供たちと、われわれの子供たちとは、認識能力に全く差がないということです。(122ページ)

■コメント「ここまで極端ではないけれど、確かに古典古代の時代と現代を生きる人間に決定的差異を見つけるのは難しい。ある種の良質な文化は、数百、数千年後の人間よりも高度の質的発達を内包するものとなる。」


◇人間の脳の可能性

  • 人間の脳は素晴らしい適応力を備えているので、五歳の子供は彼の祖父ができなかったことを、やすやすとやってのけます。ひるがえって、子供は祖父が持っていた文学的な高み、感情的な深みにはとうてい到達しえないでしょう。(164ページ)

■コメント「情報をインプットしているばかりのわれわれ現代人よりも、明治の近代人たちははるかに高い文学的表現力を有していた。その価値判断は別として能力を有していたことは明らかである。」


◇記憶するばかりではなく考えること

  • 他方、ほとんどの人は単に物事を「受け入れ」てしまう。「これが小学校で教える事柄である」と言ってそれでおしまい。常に、「これが最良の方法なのだろうか」と問いかける必要がある。考えることが重要なのです。この能力は記憶を主体とする教育からは生まれない。(284ページ)
  • 私がシカゴ大学の教育から得た最も大事なことは、事実に基づいてものを考える能力です。(284ページ)

■コメント「これは全くのところそのとおりと言わざるを得ない。答えをそのまま受け取っているだけの習慣はその人間の可能性を奪っているとも言える。」


◇われわれの行っていること

  • 多くの人は、非常に忙しく立ち働いているけれども、深く考えずに、単にそれができるからそうしているだけのことなんですね。(286ページ)

■コメント「ほとんど人間の行なっていることは、ある決まったプロセスを繰り返していくことである。それがある意味で成熟した社会の姿でもある。それがどのような人間を作るか、ということはあまり考えられていない。」