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小野正嗣『九年前の祈り』講談社、2014年12月

九年前の祈り

九年前の祈り

■内容
父母の暮らす大分の浦に、さなえはカナダ人との間にできた子ども希敏(けびん)を連れて戻り、暮らしている。さなえは、九年前に町が助成して行われたカナダ旅行に他の六人の女性とともに参加し、そこで夫となるフレデリックと知り合った。しばらくは順調だった結婚生活だったが、あるとき夫は子供を残して彼女の前から消えた。すでに4歳を迎えた息子、希敏は、美しい顔立ちだが、意に沿わないことがあると手の付けられない泣き方をする。さなえは、カナダ旅行に同行し、みなの心の支えを担っていたみっちゃん姉が、その子どもが重病で入院していることを聞き、快癒を祈願する貝殻を集めるため生まれ故郷の文島に希敏を連れて訪れる。

■読後感
さなえの、ありふれているように見えて決して平たんとも言えないこれまでの生に、カナダへの旅行と、そこで見えてくる大分の田舎の女たちのたくましさをエピソードとして編み込み、物語を構成しています。すでに都会生活が長くなり、戻った郷里にも人間関係に息苦しさを感じながら、みっちゃん姉には自分の心の拠りどころとして離れがたい思いを感じています。また、美しいけれども容易に周囲になつこうとしない息子の姿や、自分に関係のあった人々とのエピソードを巧みに描写して物語に厚みを与えています。
読み終えて、作者のオリジナリティは評価できるし、たしかに訴えたいものを持っていると思われる一方で、どこか既視感のようなものがぬぐえなかったことも事実です。これは小説という形式そのものへの批判にもなりかねませんが、この小説の設定は別として、登場人物の心の動きに焦点をあてると、こうした「不安」や残された「希望」のようなものについては、宮本輝さんの小説をはじめさまざまに描かれてきたような気がします。とはいえ、小説はさまざまな手法でわれわれの心を描き出すものであり、繰り返し手を変え品を変え生み出されるものでしょう。しかし、最後に抱く希望のようなもの、ここはとても重要な部分ですが、このストーリーがこうした結びにつながることで既視感がより強くなってしまったではないか、とも思われました。また、登場人物としても、心の拠り所であるみっちゃん姉や、必ずしもさなえの力にはなっていない田舎の父母の存在についても、どこかで見たような感覚に捉われました。
「設定の新しさ」以外の新しさ、これは物語の構成のち密さともつながるところがあると思いますが、こうしたことは求められていると思います。また、描写のしかたにおいても、闇を闇として描く、鮮やかなものを鮮やかに描く、ということがその小説の印象深さにつながるのではないかと思われ、この小説でいえばカナダ人の夫との別れや、自分としてはもっとも好きだった貝殻集めの小旅行などの描写に厚みを加えることで、自分にとってはこの作品がさらに印象的なものになったのではないかと思われました。