ジェーン・ジェイコブズ『都市の経済学:発展と衰退のダイナミクス』TBSブリタニカ、1986年9月

都市の経済学―発展と衰退のダイナミクス

都市の経済学―発展と衰退のダイナミクス

■内容【個人的評価:★★★★−】

◇これまでのマクロ経済学では説明できなかったわれわれの経済

  • 構造的欠陥とか恒常的に高い失業率ということでいま一つ思い起こされるのは、マーシャル・プラン援助が、経済が異なればその効果も異なるというミステリーであり、念入りに合理化され、充分なファンドをもった多くの発展計画が失敗したということである。いかにして後進経済に発展を引き起こすか、いかにして先進経済が後進経済に陥るのを防止するかということは、同じミステリーの両側面を示しているが、われわれは、その対処の仕方がわからないでいる。いままでの様々な出来事からわかっていることが一つだけある。つまり、現在のマクロ経済学は、われわれにとって役立つ指針とは言いきれないことである。需要と供給について何世紀にもわたって刻苦勉励してきた理論は、互いに堂々巡りをしながらも、富の隆盛と衰退については、われわれにほとんど何も示唆するところがない。われわれは、これまで利用しようとしてきたものより、もっと現実的で成果のある観察や理論を捜さなければならない。既存の学派から選ぼうとしてもむだである。われわれは、自分の責任でやるしかないのである。(32〜33ページ)


◇都市的機能は驚くほど小規模な地理的範囲に詰め込まれている

  • 都市地域は、都市それ自体と同様、驚くほど小規模な地理的範囲に、様々な経済活動を詰め込んでいる。たとえば、コペンハーゲンとその都市地域は、デンマークの領土の中ではほんの小部分を占めるにすぎないが、そこをぬき出してみると、デンマークの全経済の主要部分、デンマークの経済的多様性のほとんどすべてと、人口の半分以上が含まれているのである。地域の人口が特に集中しているのは、都市地域のためであることがわかる。たとえば、並はずれて人口密度が高いイギリス南東部は、ロンドンとその郊外の人口によるだけではなく、ロンドンの都市地域によるものである。(67ページ)


◇輸入代替都市を生み出さない供給地域は本質的に歪んでいる

  • ここで私が追究したい点は、いつまでも供給地域でありつづけて輸入代替都市を生み出さない地域は、本質的に歪んだ経済状況にあるということである。このような地域が特化し狭臨なのは、第一に、自分の地域のための生産よりも他地域のための生産のほうが圧倒的に比重が大きいためである。この不均衡は、供給地域が依存している遠方の市場のもつ二つの特性−ウルグアイにも影響を与えている特性−によってさらに拡大される。第一に、遠方の市場は、ウルグアイから買いたいと思うものについてきわめて選択的であった。第二に、遠方の市揚は、異なる都市および都市地域の市場によって構成されていたが、ウルグアイから買いたいものは同じであったために、結果的には、それらは一つの市場として作用した。こうした協調的選択はとてつもなく強い力となる。それが他の都市のカを媒介としないまま単一のカとしてある地域に作用すると、狭隘な経済的特化を推し進めるカとなるのはさけがたいのである。(74ページ)
  • 供給地域は、遠方の都市によって特化され不均衡な形に歪められているが、遠方の都市にはそれを修正するカがない。その役割を果たせるのは、供給地域内の都市だけである。歴史的には、代替都市の揺籃の地となった供給地域は多い。そして、今日見られるように、香港、シンガポール、ソウルは−モンテビデオハバナウェリントンニュージーランド〉とは異なり−かつてのような供給地域に対する行政的、集配センター的な限られた機能をすでに乗り越えている。いまでは、これらの都市は供給地域に対して市場を提供しているのである。(84ページ)


◇地域経済は輸入代替都市によって活性化する

  • 地域経済を転換させる唯一の力は、善かれ悪しかれ、輸入代替都市に端を発する五つの大きな力、すなわち都市の市場、仕事、技術、移植工場、資本である。そしてこれらの力のうちの一つが、自前の輸入代替都市をもたない遠隔地に不均衡な形で及んだとき、その結果は悲惨で、アンバランスなものになる。人々に見すてられた地域の揚合、この不均衡な力とは、もちろん、遠方の都市の仕事による牽引力である。この力は、ある地域の人口を流出させることはできても、地域の経済を転換させることは何一つできない。(86ページ)


◇台湾が経済的成功を収めた理由

  • 台湾の経験の背後にある基本原理は、何らかの方法でほかのところでも利用できるように思われる。その原理は次のように要約できる。「自分たちの安い労働力が外国人に利用されるくらいなら、われわれ自身がそれを利用すべきである」。また、「外国からの移植工場が、われわれにも利用できる経験や技術を与えてくれるなら、われわれはそれを、自分たちの意にそうように利用することができる」。たとえば、もしプエルトリコ政府が、最初に労働集約的移植工場の誘致に成功したのち、今度はプエルトリコ人自身の手中に資本をおさめたとしたら、彼らは何を達成できただろうか。実際にはそうならなかったから、プエルトリコは、おそらくあと一世代の間は、台北や高雄からの移植を求めることであろう。(122ページ)


ニューディール:一時的な成功の事例

  • TVAの伝説−それが土地の救済に非常な成功をおさめ、想像力豊かに、人間味溢れる形で、貧困や後進性を克服する道を求めたという思い出−は、TVAの最初の一〇年の伝説であり、人工的な都市地域がつくられた期間のことである。この期間にTVAがもたらした多くのものはいまも残っているし、今後も長く残るだろう。しかし、この地域は人工的な都市地域であったために、本来の都市地域のような機能を発揮する方向には進まなかった。この地域では、量の上でも種類の上でも、重要な都市の仕事が生じなかった。輸出品を生み出し輸入を代替する都市が一つもないのでは、そのような仕事は生じようがない。他地域のためだけでなく地元の生産者や住民のために豊かで多様な生産を行うということからはほど遠かったために、この地域では、ほとんどすべてのものを輸入に頼るか、またはそれらなしで済ますかした。輸入代替都市がないとすれば、そうならざるをえなかったのである。(136〜137ページ)


◇発展は自前で行うもの−インプロビゼーションこそ重要

  • 発展とは、自前でやる(ドゥ・イット・ユアセルフ)過程である。いかなる経済も、自前でやるか、さもなければ発展しないかのどちらかである。今日高度に発展している経済は、かつては後進的だったその状況を乗り越えたのである。それらの経済の経験を蓄積することによって、問題を実際にどう処理するかが示されるのである。歴史的には、二つの主要パターンないし主題、すなわち、後進諸都市の相互依存および経済的インプロピゼーションが見られる。シャーとピョートル大帝そして彼らの顧問たちは、先進経済との単純な双方向交易によって何とか発展を実現しようとし、また、すでに発展し終えた方式と製品とによりかかって、手っとり早く自生的な試行錯誤やインプロピゼーションの手間をはぶこうとした。しかし、それはまったくの的はずれであった。(168ページ)


◇日本がなぜ経済的成功を収めたか−輸入代替都市のネットワーク

  • 日本が一八七〇年代に近代経済を発展させ始めたときに、日本の諸都市は、ヨーロッパや北米の都市のように行動した。それらの都市は絹の国際貿易を利用して、相互の交易の強化と分化のスプリングボードとしたのである。そして、東京がベネチアの役割を果たした。絹の輸出によって先進経済から買えるものだけで満足せずに、東京は模倣可能な輸入品は模倣し、それを日本国内の他の都市に輸出した。今度はそれらの都市がその交易に満足せずに、東京からの新しい輸入品の多くを自分たちの生産によって代替し、東京に売るための新しい輸出品をつくりだした。日本の諸都市がお互いに輸入品を代替し合った−ある後進都市が生産できるものは、他の都市でも同じように生産できる−ために、それらの都市は互いに新しい種類の輸出品の恰好の市場となり、こうして互いにもちつもたれつの関係で発展した。日本の近代の発展のそもそもの始まりから、日本の諸都市聞の新製品(日本にとって新しいもの)の交易は、外国貿易よりもはるかに強力に推進されてきた。これは今日でも言えることである。(176ページ)
  • もしも経済発展を一語で定義するとすれば、それは「インプロピゼーション」ということになるだろう。しかし、実行できないようなインプロピゼーションでは意味がないから、より正確に言うなら、発展とは、日常の経済活動の中にインプロピゼーションを取り入れることができるような状況のもとで、絶えず創意を加えて改良する過程である。こういう状況を生み出せるのは相互に流動的な交易を行っている都市だけであり、それゆえ、後進諸都市はお互いを必要としているのである。(186ページ)


◇外からの補助だけでは都市は育たない

  • 同情によって着手された福祉計画や、慢性的貧困地域の不当な貧困を撲滅するための福祉計画が、知らず知らずのうちに、停滞の蔓延と貧困の深刻化の道具として作用するというのは、道理に合わないように見える。しかしそれなら、あまり立派でない目的からではなく、飢えた人々を食べさせるというれっきとした目的で土地を利用するとき、やせたその土地が消耗するのは道理に合わないと言わねばなるまい。土地にとってはどちらでも同じである。創造的、生産的でありつづけようとして必要な栄養を切らした都市経済の揚合も同様である。(232ページ)

■読後感
ジェイコブズは、持続的経済成長において輸入代替都市の形成とそこで行われるインプロビゼーションがもっとも重要なカギを握っていると述べている。「都市」については、従来の経済学では従属変数として取り上げられることはあっても、その経済を推進する力としては取り上げられてこなかった。しかし、原材料や労働力を含めた供給地域と対比されるような、自前の創意工夫が経済活動に活かされる先進地域が形成されることはその国の経済力の持続的成長において決定的な力を持っている。
経済学は新古典派が教科書としての経済学を作って以来長くその枠組みに安住してきたが、これはアトムとしての個人や企業を説明することはできてもマクロの経済活動を説明することができなかった。ジェイコブズの提示した枠組みをより精緻化する形で説明することができればこの閉塞から抜けることができるのではないか。