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村上陽一郎『近代科学を超えて』講談社学術文庫、1986年11月

近代科学を超えて (講談社学術文庫)

近代科学を超えて (講談社学術文庫)

■内容【個人的評価:★★★−−】

◇科学は手軽な範型の政権交代で救われるとは言えない

  • たしかに、科学の歴史は、ある意味で支配的な「範型」の政権交代の歴史であり、しかもその「範型」が、単に科学理論のみを指すものではなく、私の考えているように、文化圏のもつ最も根元的な「ものの考え方」、価値観、世界観にまで遡り得るものであるとすれば、そうした「ものの考え方」や世界観をも「政権交代」させることができるということになるかも知れない。しかし、私は、まさに「範型」はそこまで拡張されて然るべきものであるがゆえに、むしろ、「政権交代」は、帽子を被り代えたり(というアイデアは、バターフィールドにあるが)、靴下をはきかえるように手軽に達成できるものではないと主張したいと同時に、かりにそれができたと仮定してもなお、それを試みることが、今日の危機的状況を救うことにはならないのではないか、と考えている。(16〜17ページ)


◇「事実こそすべて」が科学だが、しかしそれだけではない

  • 一般に、自然科学の理論体系の特徴を考える場合、その「即事実性」という点が強調されることが多いように思われる。科学が問題にするのは、「事実」の世界である。科学理論は、「事実」〈data〉からの帰納によって得られる。したがって、新しく理論体系が生れるためには、従来からの「事実」群があるだけでは不十分である。今までの理論と抵触するような「変則的な」〈anomalous〉新しい「事実」が、既知の「事実」群に付け加えられることによってはじめて、新しい理論も生れる。理論的発展がないということは、革命的な新「事実」の発見がないということなのだ。「事実」こそすべてだ。とりあえず私は、科学理論を扱う際のこうした立場を、「ベーコン主義」と呼んでおくことにしたい。言うまでもなく、近代科学方法論の定式化に、最も大きな貢献があったと考えられているイギリスの哲学者フランシス・ベーコンに因んで、そう名づけたいのである。このような「即事実性」という概念によるベーコン主義的な科学観は、たしかに、科学のもつ特徴の一面を、明晰に把握・指摘しているとはいえ、しかし、これをもって、科学の方法論に関する問題点が尽されている、と主張するとすれば、そこにはやはり、大きな遺漏を認めなければなるまい、というのが、私がこの章で扱おうとする論点の骨子である。(20〜21ページ)


コペルニクスがどうして地動説の発見に至ったのか

  • 彼(コペルニクス)は、必ずしもすぐれた観測者型の天文学者ではなかった。ガリレオのように、望遠鏡も作らなかったし、ティコ・ブラーエのような見事な観測技術ももたなかった。そうした点では、彼はプトレマイオスにさえも及ばなかったであろう。凡庸という言葉は適当かどうか判然としないが、そう呼ばれても仕方のないような天文学者であった。これを別の表現で言い換えれば、コベルニクスの眼前には、直接的所与としての「データ」において、地球中心体系から太陽中心体系へと必然的に転換を強制するようなものは何もなかったと一言ってよい。しかも、彼は、あえてそれを行ったのである。それを行うに至らしめたのは、データではなかった。その一つはネオ・プラトニズムであり、もう一つはアリストテレス以来のドグマである「一様な円運動」という、前提となる概念的な〈conceptual〉枠組みであったのである。(42ページ)


◇事実を取り出すために理論がある

  • データは、「与えられたもの」であるが、それらを与えるのは人間の認識活動である。そして、認識は、決して、客観的世界を受け取る、という行為ではなく、むしろ、いわゆる「客観的世界」なるものを造り上げるデータを、自らの手で刻みとり、選びとる行為である。そして、その場合、刻みとり選び取るための人間の概念上の道具こそ、理論である。(52ページ)
  • このように考えてみると、理論と認識との間の関係が、明確に浮かび上がってくる。われわれ人間の認識は、なんらかの理論的概念枠なしには行われ得ない。そして、そうした基本的な概念枠が共有されている世界のなかで得られる理論とデータとの関係が整合的なのである。認識とは、概念枠を使ってデータを刻みとり選びとることである。その概念枠内の理論とデータとが整合的に適うのは、いわば当然である。(53ページ)


◇「発展に伴って失われたもの」への視座

  • われわれが自然保護だとか、環境保存だとか言う場合、保護され保存される自然や環境を一体どのように規定すればよいのだろうか。今日の議論では、しばしば、それが、トンボやカブトムシがふんだんに群生し、川には魚が溢れ、空が青く、緑濃き山に恵まれた絵はがきのごとき姿として描かれる。私自身個人的に言えば、そうした「自然」に郷愁を感じる人間の一人である。しかし、そのような「自然」の姿は、歴史的に見ても、実はいつも実現されていたわけではなく、地球上どこを探しても、むしろ見つけることのできない観念のなかで理想化され固定化された「自然」に過ぎない。こうした観念化された「自然」からは、洪水や旱魃や害虫やしもやけや肺炎は当然のように脱け落ちている。終戦直後、国敗れて山河はあり、そのときの空はたしかに今より碧く川は澄んでいた。しかし同時に冬は暖房もなく肺炎にかかればそのまま死を意味したし、しらみをはじめとする害虫類が伝染病を媒介し、雨は洪水を、旱魃飢饉を意味し、子供達は毎冬しもやけとあかぎれに泣いた。そうした状況から脱することに伴って払わなければならなかった対価の一つが、水俣病であり、四日市ゼンソクであった、ということは痛ましい事実である。そしてその事実は、当該企業のみならず、われわれの一人一人が自分の痛みとして噛みしめておかねばならない。(218ページ)

■読後感
トーマス・クーンの範型(パラダイム)などの概念も援用しつつ、科学を基礎づける思考の枠組みについて考察している。

西欧近代科学は、事実至上主義であり、実験、観察等を踏まえた事実の積み上げから理論の枠組みを作ったように考えられているところがあるが、事実そのものも、ある一定の思考の枠組みから対象として認識された産物であり、実態はまず思考の枠組みがあり、そしてこれを裏付ける事実の観察と進んでいく。

天動説から地動説へと大きく舵を切ったコペルニクスについても、例えばプトレマイオスやティコ・ブラーエのような優れた観測者というわけではなかった。彼は、新しい近代的概念を開発したというより、ギリシャ時代の考え方に戻って天体の動きを再検討し、地動説に辿りついたというのが実態であった。

現在、科学は行き詰っており、東洋的思考の再評価などが叫ばれたりもしているが、人間の科学という見地に立って、単純な範型の置き換えではなく、さらに現在の科学を発展させていくことこそ求められていることではないか、と訴えている。

この本は、多くは1970年代に書かれた論考を集めて構成されたものである。「超えて」という表現、「・・・ではないか。」というまとめ方、あるいはヒューマニズム的な考え方に当時の時代的背景なども窺われた。