吉田篤弘『台所のラジオ』ハルキ文庫、2017年8月

 

台所のラジオ (ハルキ文庫)

台所のラジオ (ハルキ文庫)

 

■読後感

この本に収められた短編小説は、それぞれ市井の人々の日常をとらえているのですが、海苔巻きだけがメニューの小さなお店、故郷の誰も知らない街にあるビフテキ屋、美味しいミルクコーヒーを提供するスタンドそして古びた冷蔵庫など、今やなくなろう、捨てられようとしている存在やモノを効果的に使って物語を組み立てています。

小川洋子さんの書評に、それぞれが宝物のようでいとおしみながら大事に読む、といった趣旨のことが書いてあったと思いますが、まさにその言葉がしっくりくる作品だと思います。

生きていると、最初は目的や希望があるように見えても、しだいにそれは日常の繰り返しになり、ぼんやりと、そしてたんたんとしたものになることが実感されますが、そうした気分を表現しながら、そんななかにあっても人とのつながりを通じて前に進んでいく姿を一歩引いて後ろから描いているように思われました。