角田光代『八日目の蝉』中公文庫、2011年1月

 

八日目の蝉 (中公文庫)

八日目の蝉 (中公文庫)

 

 ■読後感

映画としてのこの作品は、井上真央、そして永作博美らが好演し、心を揺さぶる傑作でした。とくに後半部のシェルターからの逃避行から小豆島での生活はハイライトで、美しい島の情景や優しい人々とのつながりを背景に、薫が伸びやかに育っていく様子が、まるで日本の原風景を見るようでした。それは前半部の誘拐、逃走、避難という一連の暗い、不安な情景そして見通せない将来と対比されることで際立って美しさが印象に残りました。

その後この原作を読みました。映画を見てからこの作品を読むと、どうしても映画の場面場面が思い出され、また、登場人物も重ね合わせてしまうところがあるのですが、原作は、映画よりも人とのやり取り、日々の生活のディテールが細かく、女優ではなく素のままの一人の女性としての貴和子や恵理菜(=薫)が伝わってくるように思われました。

映画では、小豆島で自らが育った場所を訪ね、今まさに島を離れようとするフェリーの出発前に別離の記憶を取り戻し、直前に記念撮影を行った写真館に駆け込んで自分が貴和子にも両親に愛されていたことを知って今まで閉ざされていたものが開く、といったドラマチックな形でした。小説では少し抑えめに、しかし小豆島への旅を通じて子どもを産んで育てていくことへの決意が固まっていく形となっていました。

誘拐そのものは一つの虚構として、親子とは何かという問いに向き合った美しい作品だったと思いました。