養老孟司『養老訓』新潮社、2007年11月
■内容【個人的評価:★★★★-】
◇なぜ定年後の男は不機嫌なのか
- なぜ男のほうが不機嫌かについてはこれまでも話したことがあります。男の人は仕事を定年で辞めるとやることがなくなりますが、女の人の仕事、家事は死ぬまでついてきます。自然と身体を使う。これがいいのです。(8ページ)
◇「世の中に出て何かしなくてはいけない」という考えへの囚われ
- 私自身、若い頃や中年の頃にはわからなかったけれど、だんだん良さがわかってきたものがいくらでもあります。そもそも30代、40代のころは価値観が違いました。やはり世の中に出て何とかしなくてはいけないといった欲がありました。こんな私でもそういうことを思っていた。まわりがそういう考えだから、どうしてもつられます。社会的評価だってそれなりに気にしていました。そういう考え方にお付き合いしないと、ちょっと欠陥のある人間だと思われたのです。(11ページ)
◇原理主義者がはびこる現代社会
- このところ社会を見ていて、ちょっと何か言っておいたほうがいいのかもしれない、とつくづく感じます。昔はあった常識がなくなった。なくなったということすら意識していない人も多い。昔はケースバイケースで済ませていたことを一律に決めようとする人もいます。決まりを厳格にすれば社会は良くなる、そんな勘違いをしているのです。これも常識がなくなったからです。(8ページ)
- 別に環境を第一に考えて、人間は裸になって山で暮らすべきなどとは言いません。それは原理主義者です。今は片方には収奪を気にしない原理主義者がいて、もう片方には環境原理主義者がいるという状態です。たちの悪いことに、両者は相手の話を聞きません。(17ページ)
- 自民党や民主党の一部の政治家たちは憲法を改正しようと躍起になっています。それに対抗して、憲法を改正したら大変なことになると声を張り上げている人もいます。わたしにはどちらも、「所詮は約束事だ」ということがわかっていないという点で同じように思えるのです。彼らは日本は法律で動いていると思っている。でもほんとは法律ではないルールのほうが根底にあるはず。(151ページ)
- 現実の多くの問題というのは適当なところで収めながら、少しずつ良くするしかないのです。・・・往々にして若い人はスパッとやりたがる。(156ページ)
◇幸せの定義はできない
- ときおり「幸せとは何か」というようなことを聞かれることがあります。私はいつもこんな風に答えます。「考えたことありません」・・・結局、「幸せとは○○である」というような言葉はすべて後知恵の類だとしか思えないのです。(34ページ)
◇ 夫婦、人間同士は向き合わず、直角に交わることで合力を生む
- 直角に交わるのがいちばん正しいやり方なのです。夫婦に限らず、人間が共同して作業するときはできるだけ直角になるようにすれとよい。(41ページ)
◇本を読んで引きずられてはダメだ。自分で考える癖を。
- 私が大学院生の頃、つまり戦後すぐの頃でも私の先生はやはり本ばかり読むなと言っていました。「日の光があるうちは本を読むな」と言われたものです。先生の言わんとするところは、こういうことです。「読書にばかりふけっていると、自分で考える癖がつかなくなる。仕事をするときにあまり本を読みすぎると、そちらに引きずられてしまう」確かにその通りなのです。(49ページ)
◇能力主義、業績主義の徹底は自己中心主義につながる
◇「自分らしい」仕事はそもそもなく、人から求められて行うもの
- 自分らしく生きられなかった。そんなふうに定年間近になってから言う人が増えていると聞きました。こういう人は「自分らしい」ということの意味を取り違えています。「『自分らしい』なんてことはない」これが私の意見です。先ほどもお話ししたように、仕事は自分のためにあるわけではありません。世間のほうがその仕事のあり方を要求するのです。それをやっている以上は、自分を曲げざるを得ません。(80ページ)
◇金を一〇倍稼いだところで・・・
◇人生は点線のようなもの
- 死ぬということは最後に意識が切れてもう戻ってこない状態です。その戻ってこないことを、皆さん心配しておられるようです。でも、そんなことより、今まで何回切れたことか考えてみたことはあるのでしょうか。・・・「また帰ってくるかもしれない」くらいに思っておけば、死ぬことはそんなに怖くないのです。今までと別に変らないでしょう。
■読後感
現実に課題があれば、スパっと決まりを作ってこれに従うことで解決しましょう、というのは、たしかに、それに越したことはないようでもあるが、著者は、そうした考えこそ原理主義であると警鐘を鳴らしている。さまざまな暗黙のルールがある世の中で、これだけが正しい、という考えに囚われることは危険であり、その場その場で知恵を出して潜り抜けることが最善の策であるとしている。
また、「自分らしい仕事」ということも、そもそも仕事とは、世の中から必要とされてそれに従事しているのであって、まず自分ありきの仕事はあり得ないとしている。
大切な観点として、自ら考える習慣を養うこと(=本、テレビや決まりごとを妄信しない)、概念ではなく自らの感覚を養うことが提示されている。
本は、結論を提示してくれるものではなく、考えることの補助に利用できるに過ぎない、と著者は言っているが、この本自体が、まさにそうした一冊と思われた。