新藤宗幸『新版 行政ってなんだろう』岩波ジュニア新書、2008年2月

行政ってなんだろう (岩波ジュニア新書)

行政ってなんだろう (岩波ジュニア新書)

■読むきっかけ

  • 以前から地方自治に関する権威として独自の観点から地方行政に関する考え方を発出し続けている
  • 「ジュニア」向けの分かりやすさを旨とする表現のスタイルで何を伝えようとしているのか確認したい
  • 経済学を学んだ学生にとって行政についての視点はどうあるべきか

■内容【個人的評価:★★★−−】
○プロローグ「行政を見る眼」

  • 私たちの社会は行政サービスに支えられている。さまざまなサービスが提供されているばかりでなく、ルールを守らせるための主体もいる。
  • 政治とは紛争を調整しつつ集団の意思を決定し実現することである。政治は強制力によって支えられている。
  • 政府は統治を効率的に行うための組織である。政府というとどうしても行政府を意識しがちであるが、実際は、立法、行政、司法の全体を指して政府というべきである。
    • 1.立法:共同体を構成する人々の意思やルールを決定する
    • 2.司法:ルールに従っていないとみなされた場合の裁定を行う
    • 3.行政:決定された意思を具体的に実現する
  • 行政とは法律の執行であるが、さまざまな問題を解決するためにはそのための目標と手段、すなわち政策というものを決定する必要がある。

○第一章「行政国家の広がりとその変化」

  • ヨーロッパの近代市民革命後に樹立された政府は「小さい政府」と呼ばれた。政策の実施に責任を持つ集団を執政部というが、執政部には、議院内閣制と大統領制の二つがある。
  • 当初の執政部の仕事は限られたものであった。それは近代市民革命が「自由」を求めてのものだったからである。
  • しかし、産業革命により都市の生活が始まり、貧富の差、公害などさまざまな問題が生じる中で、小さな政府では諸問題に対処できなくなってきた。
  • 日本では、市民革命と呼ばれるものは存在せず、絶対主義的色彩の強い明治政府から近代が始まったが、欧米と同じく産業化の中で政府に期待される役割は大きくなっていった。
  • 第二次大戦後、西欧の国家は福祉国家を目指した。その要素は主として以下のとおりである。
  • こうした政策の裏づけとなる財源は、累進性の高い所得税に支えられた。また、経済安定のための財政政策、金融政策に重きがおかれた。つまり福祉国家の三つの柱は不可分のものでもあった。
  • 1970年代になると欧米の経済成長も停滞の局面を迎え、これと同時に、政府の活動が市場の競争を妨げたり、人々の意欲を失わせるなど、成長に悪影響を与えているのではないかとされるようになった。これを受けて、イギリスのサッチャー政権、アメリカのレーガン政権などが改めて「小さい政府」を志向した。日本でもこれに合わせ中曽根政権が、三公社の民営化、土地利用の規制緩和、政府事業の外部委託化、金融の自由化や経済的規制の緩和、福祉や医療予算の削減を進めた。
  • 1990年以降、行政の世界ではNPM(新しい行政管理)という考え方が主流となり、日本でも小泉政権のもとで、公団や郵政事業の民営化が行われた。高齢者介護、障害者福祉にも市場原理を導入するようになった。
  • 労働市場規制緩和も行われ、もともと対象を限定していた派遣労働の対象範囲が広げられ、派遣労働者が急速に増えた。本当に「小さな政府」でよいのかという問いかけをしなければならない。
  • 官僚制という言葉が使われるようになるのは、18世紀末以降であり、それほど古い概念というわけではない。ウェーバーは、官僚制の特徴について以下のようにまとめた。
    • 1.組織の行動面:一定の客観的な規則に基づいて仕事の権限、命令-服従関係がピラミッドのように構成されていること。これに基づいて継続的に仕事が営まれ、決定や指令などが文書にまとめられ保存されること。
    • 2.組織の人員:資格任用制により採用され、雇用契約性のもとにあること。特定の職への配置や昇進は業績や在職年数をふまえ決められること。
  • 行政の各部の長にとって、職業公務員の組織はたんなる補助機構に過ぎない。しかし、すべての政策や事業の立案は長からという形ではなく、下から、根回しなどもふまえて上がってくるのが常例である。
  • 政令、省令といった委任立法に多くを委ねてしまっているという現実もある。
  • 法律の定めを弾力的に解釈したり、具体的な事案に適用させることを「裁量」というが、委任立法のみならず、住民と接する公務員の行動までこうしたことを背景に行われていることが多い。
  • 行政国家における官僚制は、その継続的な仕事の過程で特定の集団と関係を深めることが多い。こうしたことを称して「行政は徹底的に差別的である」といったのはアメリカの行政学者ドワイド・ワルドーであった。
  • 行政には経済性といわれるが、現代はそればかりでなく仕事の有効性も問われるようになってきている。政治は常に行政を統制していかなければいけない。また、行政自体も現在の問題を克服するために生まれ変わる必要がある。

○第二章「日本の行政制度の変遷と現状」

  • 日本の行政についてはさまざまな評価がなされるが、職員数が少なく、また使っているお金も少ないというのが外国との対比で明らかである。
  • 内閣運営の原則は以下のとおり。
    • 1.合議制の原則:全員一致が原則。
    • 2.首相指導の原則:行政各部の処分や決定について閣議に諮ることができる。
    • 3.所轄の原則:各省の事務は担当大臣が責任を持つ
  • である。
  • しかし、閣議で議論が行われることはない。すべて事務次官会議で決定されたことについて花押を記載しているだけに過ぎない。
  • 2001年に内閣府が設けられ、首相の指導力を強めることが目指された。
  • 4つの民間人による重要政策に関する会議を作ったことは特筆すべきであり、最初は力が強かった。しかし最近は「骨太の方針」に以前ほどの影響力がなくなってきている。
  • 省庁は国家行政組織法によって縛られている。2001年に大規模な省庁再編成が行われた。
  • 国家公務員の定員は、1967年の約90万人から、2007年の約32万人まで減ってきた。郵政公社化(約29万人)、国立大学法人化(約13万人)、独立行政法人化(約7万人)が主な減少の要因である。
  • 行政作用法と行政組織法の関係は明確に規定されていない。「〜に関すること」などの抽象的な文言にとどまり、行政の裁量は自由に行われているのが現状である。
  • エリート官僚のスキャンダルから、公務員への批判が強まってきている。天下り規制のために官民交流センターを作り、再就職を一元管理することとなっているが、今後の退職者しか対象とならない。
  • 国家公務員法の改正のポイントは以下のとおり。
    • 1.入り口選別(キャリア/ノンキャリア)と年功序列の慣行の見直し
    • 2.各省別採用から内閣一括採用へ
    • 3.給与体系の能力等級への改め
    • 4.事務次官の廃止
  • 2000年の地方分権改革一括法により、機関委任事務制度は廃止された。
  • 税財政制度も一体とする三位一体改革羊頭狗肉であった。また、機関委任事務制度も、仕事の中身は法令や補助金要綱の形で残存している部分がある。

○第三章「行政の働きが変えた市民のくらし」

  • 行政の活動は幅広い。これを支えているのは、組織、権限、財源、情報である。
  • 行政手続法は、許認可などについて審査基準の公表や要件を満たしている場合受理しなければならないなどの決まりごとである。これにより行政の定型化が期待されるが、十分に活用されているとはいえない。
  • 規制緩和も、もてはやされてはいるが、規制緩和を行った実情をみると、野蛮な市場経済への回帰になってしまっているところがある。
  • 政府の規制には二つある。
    • 1.経済的規制:産業に対する規制
    • 2.社会的規制:独占の排除、雇用者の保護、環境の保護、土地利用のルール
  • 両者は渾然一体となっているのが現状であるが、社会的規制が政府の規制の中心に据えられるべきであろう。
  • これまで公共事業は政治と行政の中心におかれていた。公共事業の実施主体は、国、公団、地方自治体などさまざまである。
  • さまざまな癒着を生んだりしているわけだが、必要な公共事業を実施する必要がある。しかし、補助制度などがあり、必要のないものが作られるなどの現状がある。
  • 福祉は、措置から契約へ、介護保険制度へということで変化を見せている。しかしワーキングプア生活保護を活用することができないなど問題点も多い。
  • 特殊法人改革により独立行政法人が乱立した。政府事業の市場化であるが本当に妥当なのか。経営の効率化や採算性だけでは、政府の責任が放棄されることにつながりかねない。なんでも市場化テストに載せればよいというものではない。
  • また、市場化や民営化が官僚の権限を弱めているとは言い切れない部分もある。

○エピローグ「市民のコントロールによる行政」

  • 本当に小さな政府でよいのか。官僚たちはナショナルスタンダードをナショナルミニマムと言い換え、権限拡張してきた。
  • 簡素で機能的な中央政府に再構成する必要がある。そして議会による行政のコントロールを強める必要がある。
  • しっかりとした地方政府が重要。地域の問題に対応するためには地方政府でなければできない。
  • 市民の手で行政をコントロールし、新しい公共を作る必要がある。そのためには、ボランティア、NPOなど市民の手による事業も重要である。

■読後感
政策の立案・執行主体としての行政機関ということで言えば、現在取組みが進められているように、理念を体現する基本条例の立案が必要である。そうでなければ、判断は知事のあるいは職員のということで住民の合意を経ないまま行われてしまう。
さまざまな意味で議会が住民の合意形成の主体として動くことができることが必要。議会改革こそは今後の地方分権における本丸だろうと思われる。
日本はもともと政府の規模は小規模だった。しかし、道路や河川、交通などで権限が輻輳しており、実態が見えづらい。これから目指すべき「簡素さ」とはシンプルさ、分かりやすさということなのだろう。