鈴木日出男『はじめての源氏物語』講談社現代新書、1991年4月
- 作者: 鈴木日出男
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1991/04
- メディア: 新書
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- 源氏物語千年紀を迎えたこと
○序「源氏物語を読み通す」
- 源氏物語は、容易には読み通しにくい難物とされてきた。「須磨還り」という言葉があるが、第十二帖「須磨巻」あたりで読むのを断念したり、あるいは最初の「桐壺巻」に戻って読み返そうとするのをややからかって言う言葉である。
- たしかに読みづらく難解ではあるが、もともと楽しい読み物であったはずだ。
- 源氏にはさまざまな女たちが登場する。それぞれが鮮明な印象を与える存在である。
- いきなり全巻を読み通そうとするより、まず物語全体の像をつかんでおく方がよい。そのうえで、関心の持てそうな女君についての物語を読んでみてはどうか。そのうえで今度は大きなまとまりのある巻単位で読み進めてみてはどうか。
- 古くから正月には巻頭の「桐壺」でなく「初音」を読んだ。季節に合わせて読むのも一つの手法である。
- 10世紀初頭に竹取物語が著され、10世紀は物語の時代であった。ほぼ読者は女たちだったが、作者は漢詩文を書きなれた男たちであり、女君たちに語って聞かせるという設定で仮名文で書いた。
- 『源氏物語』は、紫式部によって作られたが、それまでの歴史で初めての女流による物語である。
- なぜ、『源氏』は難解なのか?一つには当時の言葉が古語であること、敬語が複雑に用いられていることがある。また、当時の習慣や風俗も今日とはまるで異なっている。
- もとより貴族の女たちは御簾のかげなどに身を隠し、外出にも牛車を用い、みだりに人前に姿を現さなかった。男たちは、直接女に交渉できないため、仲介になる人を通じ、最初は懸想文、そして和歌を交換した。
- 原文を注釈を頼りに読むことにこしたことはない。しかし、現代語訳もすすめたい。与謝野晶子訳、谷崎潤一郎訳、円地文子訳が名高い。
- 五十四帖から構成される源氏物語は通常、全体を三部に分けて考えられている。
- 第一部、第二部は源氏物語の要である。
- 恋の物語ということでは源氏物語と伊勢物語は似ている。しかし、伊勢物語が各段が独立した様相を持っているのに比べ、源氏物語は相互に関連をもって一つの物語を構成しているという特徴がある。
- 光源氏の人生は女君とのかかわりで造形されていくが、もっとも重要な女君といえば、藤壺・六条御息所・紫の上・明石の君の四人であろう。
- 藤壺は、源氏の亡き母(桐壺の更衣)によく似た女だからとして特に請われて入内した后妃の一人である。もともと源氏は藤壺を母のように慕っていたが、後に女性として愛するようになった。二人の子は後に冷泉帝として即位する。
- 六条御息所は東宮に寵せられていたが、未亡人となった。源氏の熱烈な懸想にうながされ愛人関係となった。趣味教養も卓抜だったが、源氏から顧みられなくなり、絶望して物の怪となり、源氏の正妻葵の上にとりついて殺してしまう。
- 紫の上は藤壺の姪にあたる。孤児同然のところ源氏に引き取られ、成人した後に源氏と結ばれた。その後女三の宮が源氏の正妻となりみじめな境遇となるが、平静を装って生きようとする。
- 明石の君は源氏が須磨流離の際明石で結ばれた。身分差があり、嘆きつつも娘を出産する。この娘が東宮妃となった。
- 源氏は、桐壺帝と、身分の高くない更衣(女御より下)との間に生まれた第二皇子である。本来、帝は東宮となる第一皇子を生んだ女御を寵愛すべきであるが、桐壺帝は桐壺更衣を寵愛し、周りから妬まれ、若くして生涯を終えた。
- 帝は第二皇子を東宮にと願ったが叶わず、将来を考えて臣籍に降下する。皇子は美しく、万事に神才を発揮し、光り輝く貴公子となった。
- 物語は仮名の散文でつづられる作品であるから、漢字漢文の教養を持たない女たちに歓迎された。物語は語り手(筆者)が聞き手(読者)に対して語り聞かせるという形で話が進められる。語り手は客観的な事実だけでなく、感想を漏らしたり批評をしたりする。
- 和歌からの引用も散りばめられており、これが物語に深みを与えている。また物語の中で795首の和歌が挿入されており、これはほとんどすべて贈答歌(二人の対話)である。また、風景を人の心と対照させている。
- 紫式部は受領の家庭の出身である。上流家庭よりも自由な雰囲気があふれ、経済的な余裕もあった。二十九歳で親子ほど年齢の離れた藤原宣孝と結婚する。その三年後夫は死に、幼い一人娘をかかえて生きていくこととなった。死別は、式部を人間世界を考えるためのきっかけとなり、『源氏物語』執筆につながった。
- 死別後四、五年後、『源氏物語』の名声もあり、一条天皇の中宮彰子のもとに女房として出仕する。この時期は『紫式部日記』を残している。
- 物語において、女性交渉と栄華は密接に関係している。
- 藤壺は源氏にとって理想の母性を体現している。
- 若菜上巻以降は源氏40歳以降である。いろごのみも衰え、これまでのいろごのみ人生を絶望的に回顧している。
- 物語後の宇治十帖では、源氏は嵯峨野に出家し、やがて死ぬこととなる。
- 1.「桐壺」:桐壺帝による更衣への寵愛、源氏出生、更衣の死、臣籍降下、葵の上との結婚、藤壺への憧れ
- 2.「帚木」:雨世の品定め、中流女性への関心、空蝉との契り
- 3.「空蝉」:またしても空蝉の寝所へ忍び込む、しかし空蝉は逃れ、わが身のつたなさをかみしめる
- 4.「夕顔」:夕顔の咲く家でお互いの正体を知らないまま交渉、女を某の院に誘うが女は物の怪にとりつかれ急死
- 5.「若紫」:藤壺に似た美少女を見つける、源氏は藤壺と夢のような逢瀬をとげる、しかし藤壺は子を宿してしまう、少女を引き取る(紫の上)
- 6.「末摘花」:夕顔との恋を忘れられない、常陸宮の姫君に関心を抱くが醜貌に驚く、しかし源氏は零落のこの姫君に生活上の援助をしようと決める
- 7.「紅葉賀」:紅葉の候、宮中の舞楽で源氏の舞が入魂の技と絶賛される、藤壺の生んだ源氏と瓜二つの子を東宮にしようと考える、老女官源典侍と交渉
- 8.「花宴」:桜の宴で源氏の舞と詩が驚嘆される、右大臣家の朧月夜とめぐり合う
- 9.「葵」:源氏21歳、桐壺帝が譲位し、東宮が朱雀帝として即位、東宮に藤壺との不義の子が立つ、六条御息所が葵祭で賀茂神社で葵の上に蹴散らされ、生霊として葵の上に取りつく
- 10.「賢木」:源氏23歳、朧月夜との密会が露見し、右大臣が源氏を失脚させようと策謀をめぐらせ始める
- 11.「花散里」:麗景殿女御、妹の花散里のもとを訪れ、生時の桐壺院を忍ぶ
- 12.「須磨」:政界から放逐されかねないと危ぶみ、自ら須磨へ退去、海辺で開運のみそぎを始めると大暴風雨が襲い、奇怪な夢におびやかされる
- 13.「明石」:夢で桐壺院にこの地を去れ、と言われ明石へ移る、身分の低い明石の君と結ばれる、都では凶事が続き、請われて都へ戻る
- 14.「澪標」:源氏29歳、不義の子の東宮が即位し冷泉帝となり、自分も内大臣となる、明石の宮は身分差を強く認識、六条御息所死去
- 15.「蓬生」:源氏の流離により末摘花は生活が悲惨な状態、しかし庭の木や道具類を手放さない、源氏はその心がけに感動し、二条東院に引き取る
- 16.「関屋」:空蝉は上京するが、源氏の大行列と行きあわせる、尼となり二条東院に住まうこととなる
- 17.「絵合」:藤壺の御前で二人の女御が物語絵合を試みる、最後に源氏の須磨の日記絵で勝敗が決する
- 18.「松風」:明石の君と三年ぶりの再会
- 19.「薄雲」:源氏33歳、藤壺37歳で生涯を閉じる、帝に出生の秘密が告げ口され動揺する
- 20.「朝顔」:朝顔の姫君に懸想をしかける、藤壺もいなくなったので熱心である
- 21.「少女」:源氏は太政大臣に昇進する、六条院が完成し、春の町には紫の上が源氏とともに、秋の町には秋好中宮、夏の町には花散里、冬の町には明石の君が住むこととなった
- 22.「玉蔓」:夕顔が忘れられず、遺児玉蔓を六条院に住まわせる
- 23.「初音」:六条院で初めての正月、すばらしい邸内をめぐり歩き女君たちと新年を祝う
- 24.「胡蝶」:春の町で船楽を催す、王朝絵巻さながらの華麗さ、玉蔓のもとに多くの懸想文が寄せられ、源氏も思慕の情をつのらせる
- 25.「蛍」:玉蔓が兵部卿宮を憎からず思う、源氏は宮が訪れた際蛍を放ち、宮はその光で玉蔓を見て美しさに驚く
- 26.「常夏」:近江の君を話題に皮肉
- 27.「篝火」:源氏は玉蔓に添い寝するが手は出さない
- 28.「野分」:激しい野分があり、見舞いに春の町を訪れた夕霧は紫の上の美しさを見て驚く
- 29.「行幸」:冷泉帝が大原野に行幸、帝の美しさに玉蔓は目を見張る
- 30.「藤袴」:夕霧は玉蔓に恋慕の情を抱く、玉蔓は出仕することになり、求婚者たちはいらだつ
- 31.「真木柱」:玉蔓が無理やり我がものにされ、源氏は失望する
- 32.「梅枝」:明石の姫君の東宮入内間近となる
- 33.「藤裏葉」:夕霧と雲居雁と結婚
- 34.「若菜上」:源氏は女三の宮と結婚、しかしその心幼さに失望、紫の上のすばらしさを確認
- 35.「若菜下」:紫の上病気により出家を願う、柏木は女三の宮と通じる
- 36.「柏木」:女三の宮が不義の子薫を出産
- 37.「横笛」:柏木遺愛の笛を夕霧が譲られる
- 38.「鈴虫」:秋好中宮から亡き母御息所が成仏できていないと伝えられる
- 39.「夕霧」:落葉宮が結婚をもくろむ夕霧により一条宮に戻される、ついに契りを交わす
- 40.「御法」:源氏51歳、死期の近い紫の上は明石の君や花散里と歌を詠み交わし、生涯を閉じる
- 41.「幻」:源氏は紫の上を追慕、取り交わした消息などを焼く、自分の一生も終わったことを思い、感慨に耽る