塩沢由典『市場の秩序学』(第四部「複雑系の理論」)ちくま学芸文庫、1998年4月

■内容【個人的評価:★★★★−】
◎第四部「複雑系の理論」
○第十章「在庫・貨幣・信用−複雑系の調整機構」

  • 資本主義経済は分業の体系である。ひとつの仕事は他の仕事に依存している。経済がこれらの複雑な依存関係の複雑な網目であることは経済学の成立以来認識されてきた。しかし、経済が複雑であることがその機構と動作の重要な契機であることを経済学がじゅうぶん明らかにしてきたとはいえない。
  • 伝統的な経済学では、部分均衡よりも一般均衡を優れたものとして考えている。しかし、人間は多数の変数を同時に制御することはできない。
  • 効用最大化の計算は、20財までであればコンピュータで計算すれば1秒以内に結果が出る。しかし、50財になると35年かかり、100財になるとビッグ・バン以来の時間をかけても解けないのである。
  • 生産者は、在庫を巧妙に活用する。製品在庫は販売と算出を切り離し、原材料在庫は仕入れと投入を切り離すことができる。一種の緩衝材ということができるだろう。
  • 貨幣も、在庫と同様緩衝材としての役割を果たす。売りの時点で買いを不確定のままにしておく自由をもたらす。決定の留保である。
  • 信用は、富の所有者と利用者の分離を可能にする。

○第十一章「複雑系における人間行動」

  • 経済が複雑というとき、その言葉は二つの意味をもっている。一つは、対象が研究者にとって複雑であるということ、もう一つは、対象がその中で行為する人間にとって複雑であるということである。物理学では、前者の意味での複雑さはあるが後者の意味での複雑さはない。後者の意味での複雑さが、実は経済学が想定する合理的な判断など成り立ちようがないということにもつながっている。
  • 人間の視野は限定されている。時間的なことはもちろんであるが、情報を得るのに費用を伴う場合などは、そうした情報を得ることのできる人間は少なくなる。また、興味のわかないことについては受容力は低下する。
  • 血を吸うダニは、プログラムに従った単純な行動をする。しかし、情報が多くなると、そのプログラムが機能しなくなってしまう。人間の行動も、その多くはプログラム化された定型に従っている。
  • 経済は、ワルラスやその後多くの学者が考えた世界と違って、人間という尺度からみるときわめて巨大でかつ複雑な対象である。そうした状況における人間行動は、最大化ではなく経験によってその実行可能性を保証された行動のプログラムである。
  • 経済行動の典型的なプログラムとして在庫管理がある。