細川英雄『論文作成デザイン』東京図書、2008年4月

論文作成デザイン―テーマの発見から研究の構築へ

論文作成デザイン―テーマの発見から研究の構築へ

■読むきっかけ

  • OUTPUTを行うにあたっての基本的な技法、手順、工夫などを確認するため

■内容【個人的評価:★★★★−】

  • 自分の中のひとつまとまった考えを書き、それによって人と意見を交換する行為は、人生の中できわめて重要な意味を持つのではないかと考えられる。書いたからといって自慢になるわけではないが、一方で、書かなければ考えは形としては残らない。書くという行為は、記録を残すばかりでなく、自分を振り返るのに非常に重要である。書くという行為は、わたしたち一人ひとりの生涯の中で重要な意義がある。
  • 書くという行為が特権的な行為だと思い、それを目的化して論文・レポートの類を作成するということは残念なことである。自分でなければ書けない、ということを見失ってはならない。

○第一章「デザインの枠組み」

  • 思ったことを感じたまま書いてはいけない、という指導が、とくに大人になるとされるようになる。しかし、結論からいうと、思ったことを感じたまま書くのがよい。
  • 感じたまま書くな、という言葉の裏には、客観的であれ、という言葉がある。しかし、客観とは、個人の外側にあると思われているが、具体的にどのようなものかはっきりしていない。客観とは、学術という権威に寄りかかってしまい、なぜそうなのかという問いを忘れたまま放置された概念である。この制度の中で、評価の行為主体は、自らの責任をとらないことに無自覚になってしまっている。こうした世界では、こうした決まり文句を入れておけばいい論文・レポートになるはず、という形式に寄りかかった中身のないものが大量生産されることとなってしまう。
  • 論文と感想文の違いは論証の手続きがあるかないかである。感想文は、他者との議論を前提としていない。一方論文ではこれがあるため他者と議論ができることとなる。
  • 自分は、思ったことを感じるまま書くべきであると思っている。しかし、問題は、なぜその文章を誰に向けて書くのかという問いをかいたまま文字に書き連ねていないだろうか。論点は、主観・客観の問題なのではなく、テーマに関する他者の存在の有無なのではないかと考えられる。論文・レポートは対話活動なのである。
  • レポートは客観的事実の報告という色彩が強い。これに対し、論文はある事柄について筆者の意見や考察した結果を筋道建てて述べていくものである。レポートは事実のありようにウェイトがあり、論文は筆者の意見や主張に重点がある。
  • 筆者の主張が明確に記述されていなければ責任ある論文とはいえない。
  • やや結論めいていうと、自分の外側にある、漠然とした権威や枠組みのようなものに対して「なぜ」と問いつつ、さまざまな他者との対話によって「考え」、そして自分の「言いたいこと」について「書く」ことが「思ったことを感じたままに書く」ための重要な鍵になるとわたしは思う。
  • この本は、論文・レポートの作成について考えるが、12,000字から16,000字程度のやや長い文章を研究の成果というかたちで提出するための参考として書いた。
  • 論文・レポートでは、「私」を出すか出さないかということが大きな問題である。自分の意見を書く、ということと「私」を出すということはどう違うのか。
  • 通常論文の中には「私」は登場しない。しかし、論文を作成するプロセス、問題意識からはじまる意識の結果として論文はあるはずで、その中に「私」があると考えられる。
  • 論文の書き方を考えようとする場合に、すでにできあがった論文を徹底的に分析し、その結果としての特定のモデルを作成することが重要だと考えられてきた。たしかにそれは重要なプロセスではある。しかし、人間の言語による活動は、一人ひとりの個人による「考えていること」を、その当人がどのように表現するかということであるから、最終的にはその当人しか操作できない。
  • まず考えるべきは、自分の仕事が進むためにはどのような環境がふさわしいかをあなた自身が設定することである。
  • 人がものを考え、それを表現していくという行為は、感覚・感情(情緒)に支えられた推論と、それを身体活動を伴う表現へと展開していくことであるといえる。
  • 論文は対話である。したがって相手にわかるように書かれていなければならない。単語、文構造の組み立て方も重要であるが、まず首尾一貫した論理が必要である。文としては主述関係や接続関係、文章としては仮説と結論の呼応ということである。目的と成果の一貫性ともいえるだろう。
  • 次いで重要なのは、自分のオリジナリティを出すということである。論文を書くという行為は、あなたにしか書けないものを求める活動として位置づけられる。
  • 一般に研究というと、知識的な要素を含んだもの、文献を調べるとか、アンケート調査をするものだと思っている人が多いが、これはステレオタイプに陥りやすい。研究という行為にとって、自分の外側にあるものを観察する態度は重要だが、それ自体が目的化してしまうと、確実に己を見失う。ただ情報を集めるだけの研究、研究のための研究に陥りやすいのである。
  • 自分にとっての問題を発見し解決するための研究の方法論を、いわゆる論文を書くための活動としてだけではなく、あなた自身の知的な活動の指針として日々の生活や仕事に生かしていくべきではないか。

○第二章「テーマを発見する」

  • テーマはどうやって決めるのか。それは言いたいことは何かということである。
  • 言いたいことは一つでなければならない。全体としてなんとなく言いたいことがわかるという書き方では相手に通じない。
  • テーマを「知りたい、わかりたい、調べたい」で決めてはだめである。なぜ知りたいのかというところまで突っ込んでみることが重要である。
  • 「知りたい、わかりたい、調べたい」や「教えてあげたい、知らせたい」の知識情報授受症候群から脱出するためには「なぜ」という問いを持つことが重要である。書くときも、まず「なぜ」を冒頭においてから始めればよい。「なぜ」に対し「〜だから」という具体例をあげていき、そこから「〜と考える」という方法が有効である。この「〜と考える」というのが論文・レポートの主張になる。
  • 論文・レポートを作成する過程の中で、最初で最大の難関は「なぜ」を掘り起こす作業である。これを自分に対して問い、答えを自分なりに用意することができれば論文・レポートの8割はできあがったようなものである。
  • 自分のテーマに即して具体的な行動に入るために、まず情報の収集を始める人がほとんどである。しかし、この発想をまず疑ってほしい。情報を追うばかりでは思考停止になってしまう。情報から自由になり、自分固有の意見や考え方を表明するには言説に気をつけるべきである。
  • 言説については、たとえば「〜と言われるが」などの表現を使って、自分の都合のよいような解釈を持ち込んだり、たとえば「日本人は、〜」といった決めつけ(ステレオタイプ)からいかに自由になれるかといったことが必要である。
  • 「正しい日本語」による表現にとらわれすぎるのもいけない。もっとも重要なのは、「自分の考え」を「引き出す」ことである。表現の形式的な正確さより、情報の質としての説得の可能性が重要である。
  • いわゆる「理科系の論文指導」として、事実と意見の区別、結論を始めに書く、一つのパラグラフには一つのことだけを書く、ということがある。若手の国語の先生を中心に受け入れられてきた。しかし、これはあくまでもかたちであり、「考えていること」=「こころ」との相互作用によるものであり、まずかたちありきという形式は成り立たない。
  • 問題関心をより先鋭化し、問題意識にもっていく作業が自分の興味・関心を研究につなげるための次の作業となる。そうすると、私はこんなことが言いたい、こんなことが言えるのではないか、といった漠然とした結論の予想のようなものがぼんやりと見えてくる。これが「仮説」である。
  • 仮説がまとまれば、最終的な研究の課題も見えてくる。これは、自分の論文は何を解決するために書くのかということを具体的に示すものである。
  • 研究観がなければ研究設計は成り立たない。

○第三章「具体例を示す」

  • 具体例を示すということは、自分の立てたテーマの妥当性や論証の確かさを示すものである。重要なポイントは、具体的データの中に、テーマそのもののおもしろさを見つけることである。これがないと論文としてオリジナリティが薄いものになってしまう。
  • 論文には仮説検証型と仮説探求型のものがある。
    • 1.仮説検証型:一つの仮説を立て、これを証明するために具体的な資料やデータを提示する。量的なものを統計的に処理することが多い
    • 2.仮説探求型:仮説は立てるが、その論証にこだわらず、資料やデータをもとに仮説が少しずつ変容していく、課題提起型。質的なものが中心
  • 大切なことは、理論的にいえることはデータとしてもいえなければならないということ。この過程で仮説が変容することもあるが、はじめの仮説に固執しすぎないほうがよい。
  • 証拠を出す習慣が必要。
    • 1.状況証拠:他の人がそういっている、別のところではこうだった、先行研究など
    • 2.物的証拠:こちらが重要。自分の目で見、耳で聞き、足で歩いた具体的なデータ
  • 重要なことは、データと主張との間にどれだけ整合性があるのかということである。主張は容器であり、データは中身である。
  • これを確認するためには、具体例の章立てに、「目的」と「まとめ」をつくってみるとよい。
  • 具体的なデータとしては、コーパス、アンケート、インタビュー、活動記録などがある。

○第四章「主張を展開する」

  • 問いを発し、相手がそれに答えるというだけでは議論は活性化しない。自分はこれに対してこう考えるが、あなたはどう考えるか、という形式だと活性化する。このように、問いと答えを相互交流することに意味がある。
  • 傷つきたくないという気持ちからつい自己防衛的になったり、そうなると自己変容は起こりにくくなってしまう。
  • 論文を作成するプロセスは、トラブルの連続である。これをいかに楽しめるか、というところがコツであり、生産的な活動に結びつく。
  • 思考と表現を往還させることにより、自分のモヤモヤがいつの間にかはっきりと見えるようになる。これを「空飛ぶ絨毯」感覚と呼んでいる。この感覚を持つためには、自分以外の他者との充実した対話と、自分の中の「なぜ」を意識化することが必要である。「これはなぜか」「誰が言ったのか」「本当にそうか」「では、それはなぜか」といった問いをめぐらせることである。逆にこの感覚を阻むのは、常識、ステレオタイプ、偏見、先入観といったものである。
  • 論文の基本的なかたちは以下のとおりである。
    • 1.問題の所在(はじめに)
    • 2.本論(先行研究の検討/固有の調査の分析・考察)
    • 3.結論(自分の考え)
  • 詳細に見ると以下のとおり。
    • 1.はじめに(問題意識)
    • 2.問題提起(テーマ・仮説)
    • 3.素材(データ)提示、理由
    • 4.分析・考察
    • 5.結論
    • 6.おわりに(反省・課題・展望)
  • 1と2でほぼ10〜20%、3,4,5で70〜80%、5,6で10〜20%となる。2では先行研究のまとめを行う。従来の研究で解決されていない点を指摘し、自分の研究の理論的裏付けを行い、理論的結論を出す。

○第五章「相手とのルールづくり」

  • 論文作成が終盤にさしかかると推敲という作業が待っている。推敲は、たんに誤字などをチェックするものではなく、再度対話を行う作業である。
  • 推敲の要点は以下のとおり(上ほど重要度が高い)
    • 1.テーマの明確さ
    • 2.各章とその構成・内容
    • 3.パラグラフとその話題・展開
    • 4.文と文のつながり
    • 5.語と語の関係
    • 6.不注意による間違い
  • 目次、見出しは、主張が明確な言葉でなくてはならない。たとえば「国際化と言語教育の重要性」ではなく「言語教育によって国際化は決定する」といったようにである。
  • 研究は決して孤立して行うことはできない。協働で考える環境をつくることが必要である。
  • 自分が何を考えているのか、という自分に対する問いかけこそが、あなたを社会的なやりとりに誘いこむ切り口となる。研究活動は、人生全体の中であなた自身が達成する充実感である。