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中野収『気になる人のための記号論入門』ごま書房、1984年3月

■内容【個人的評価:★★−−−】

  • 人間は、モノとヒトとシルシとコトがつくる世界に生きている。記号論は、このうちシルシを取り出し、その仕組み(構造)と人間とのかかわりを研究する学問である。
  • 人間は、見えているものすべてに意味を読み取っている。意味を読み取ることが人間の生そのものである。

○1「私たちの生活は、記号との戯れである」

  • 「き」という文字あるいは音はそれ自体物理現象に過ぎないが、それが庭先に生えている木を指示するためには、「き」=木という等式が成立しており、社会的に合意されていなければならない。この等式関係を記号論ではコードと呼んでいる。そして左辺をシニフィアン(記号表現)、右辺をシニフィエ(記号内容)という。
  • チチキトクという電報文では、「父親の病が重い」という直接的な意味(デノテーション)、のほか「早く帰郷しなさい」という間接的な意味(コノテーション)を含んでいる。コノテーションは、場合によっていくつかの階層を含んでいる。
  • 糸井重里の「おいしい生活」という広告コピーは、「生活」という言葉の形容詞として使われない「おいしい」を使い、現代の生活に足りないものへの提案になっている。形容詞の集まりをパラダイム(範列)というが、これを入れ替えることで思考をリフレッシュできる。また、言葉の順序を入れ替えるレトリックも同じような効果がある。

○2「「モノ」とのかかわりを、記号論で読んでみる」

  • ブランドマークは、品質の優秀性を意味するにとどまらず、「当然高いもの」「ハイブロウな生活」という意味を持つ記号になった。

○3「「ヒトとヒト」とのかかわりを、記号論で読んでみる」

  • たとえば満員電車でウォークマンを聞いているということは、外界からは孤立しているということを発信していることになる。

○4「「コト」へのかかわりを、記号論で読んでみる」

  • 自然とは、人間の文化がつくった「コト」である。意味を与えながらそれをつくったのである。自然を読むとは、みずからがつくった意味と戯れているといっても過言ではない。
  • 一家だんらんの場であっても、たとえばテーブルに並んだトロの刺し身、注いでくれる酒などにいろいろの意味が込められている。

○5「「メディア」とのかかわりを、記号論で読んでみる」

  • 現代社会は、記号論的にいえば、生活に含まれるあらゆるモノやコト
  • に、もともと持っていた意味のほかに、さまざまな意味が与えられてしまう、そうした文化的しくみをもった社会である。記号の持つ意味が多様化し、不安定化する。