E.H.カー『歴史とは何か』岩波新書、1962年3月
- 作者: E.H.カー,E.H. Carr,清水幾太郎
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1962/03/20
- メディア: 新書
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○はしがき
- これは、長い間の歴史的研究及び叙述の経験を通して得られた歴史哲学の書である。「歴史は、現在と過去との対話」という言葉こそこの書でいう歴史哲学の精神である。
- この書では重大なことを静かに軽く語っている。この語り口も特徴である。
- 歴史といえば実証がすべてという考え方があった。これは、ロックからバートランド・ラッセルに至るイギリス経験論の伝統と完全に一致している。経験主義の知識論では、主観と客観は完全に分離を前提とする。
- 物事を正確にとらえるのは、「義務であっても美徳ではない」。つまり、必要な条件ではあっても、それですべてではない。
- また、われわれが読んでいる歴史は、事実に基づいてはいるが、決して事実そのものではなく、広く認められているいくつかの判断である。
- コリングウッドは、歴史哲学は「過去そのもの」を取り扱うものでもなければ「過去そのものに関する歴史家の思想」を取り扱うものでもなく、「相互関係における両者」を取り扱うものである。
- 歴史家というのは自分の解釈にしたがって自分の事実を作り上げ、自分の事実にしたがって自分の解釈を作り上げるという不断の過程に巻き込まれている。
- ブルクハルトの『イタリアにおけるルネサンスの文化』の第二部には「個人の発達」というサブタイトルが付されている。個人崇拝はルネサンスとともに始まり、人間が精神的な個人となった。そしてこれは資本主義やプロテスタンティズムと結びつき、産業革命の開始と結びつき、自由放任の学説と結びつくこととなった。
- 19世紀にあっては、イギリスの歴史家たちはほとんど例外なく歴史のコースを進歩の原理の証明と考えていた。この人たちは、猛烈なスピードで進歩するという条件の下における社会のイデオロギーを表現していた。しかし、歴史が都合の悪い方向へ転じるや、歴史の意味を信じるのは異端説になってしまった。トインビーは、第一次大戦後、直線的歴史観に代えて循環理論をもってするという絶望的試みを行った。
- つまり、歴史を研究する前に歴史家を研究する必要があり、歴史家を研究する前に歴史家の歴史的社会的環境を研究する必要がある。
- 歴史というのはまず、相当の程度まで数の問題である。また、当初の働きかけの意図・欲求とはまったく違った結果を生むことがよくあるということである。
- 歴史における異端者の役割であるが、社会に向かって反抗する個人という通俗的な姿を描き出すのは、社会と個人の間に偽りの対立を導きいれることになる。どんな社会にしろ、まったく同質的ということはない。ワット・タイラーやブガチョフを社会に対して反抗する個人として描いたら、これは誤解を招く単純化である。
- 偉人は一個の個人であるが、同時に卓越した重要性を持つ社会現象である。
- ブルクハルトのいうように、歴史とは、ある時代がほかの時代のうちでは注目するに値すると考えたものの記録である。過去は現在の光に照らしてはじめてわれわれに理解できるものであり、過去の光に照らしてはじめて現在を理解できる。
- たとえばマックス・ウェーバーのプロテスタンティズムと資本主義との関係について、これを法則とは言わない。これは仮説である。
- 歴史がいろいろの時代に区分されるというのは、事実ではなくて、必要な仮説または思想の道具である。
- 選ばれた民という観念は近代のナショナリズムの勃興における有力な要素であった。
- 歴史から学ぶというのは一方的な過程ではない。過去と現在との相互関係を通して両者を深く理解させるものである。
- マーシャルは、何かある一つの原因の働きだけを重視して他の諸原因を無視することだけはしないように気をつけねばならないとした。
- 歴史を必然の過程としてとらえるマルクス主義者もいるが、実際は偶然が一定の役割を担っている。
- 歴史家の世界は、現実の世界を写真にとったものではなく、有効性の差こそあれ、歴史家をして現実の世界を理解させ、征服させる作業上のモデルである。
- ヘーゲルは、歴史は進歩するものとみて、進歩しない自然から区別した。ダーウィンは、進化と進歩を同一視し、歴史と同じく自然も進歩するととらえた。
- 理性的存在としての人間の本質は、人間が過去の諸世代の経験を蓄積することによって自分のポテンシャルな能力を発展させていくところにある。現代人が五千年前の人間より大きな脳髄を持っているわけではない。その後の諸世代の経験に学んでいるため彼の思考の有効性は何倍にも増すのである。歴史というのは、獲得された技術が世代から世代へと伝達されることを信じての進歩である。
- ヘーゲルはプロイセン王国をもって進歩の終わりとみた。しかし、歴史の終わりを仮定することには、歴史家よりも神学者にこそ似つかわしい終末観の響きがあって、歴史の外にゴールを設定する誤謬に逆戻りすることになる。
- トインビーが挙げている二十一の文明、文明は勃興、衰退、崩壊を経過するという、文明を人間の一生のようにみる理論は無意味なものではあるが、文明を前進させるのに必要な努力はある場所で消えたかというと別の場所で現れるということ、そして歴史の進歩は歴史的にも空間的にも連続的ではないという周知の事実を示している。
- 歴史における進歩は、自然における進化とは異なり、獲得された資産の伝達を基礎としている。
- 近代世界における変化というのは、人間の自己意識の発展にあるが、これはデカルトに始まる。デカルトは人間をただ考えることができるだけでなく、自分自身の考えについて考えることができる存在としての地位を確立した。そして18世紀後半になってルソーが人間の自己理解及び自己意識の道の深淵を切り開いた。
- ヘーゲルは歴史的変化を人間の自己意識の発展を実在の本質とみた最初の哲学者であった。しかし、この形而上学的命題に具体的な意味を入れるということはなかった。マルクスはフォイエルバッハに関するテーゼの中で「哲学者たちはただ世界をいろいろと解釈してきたが、大切なのは世界を変えることである。」とし、共産党宣言では「プロレタリアートは、その政治的権力を用いて、一歩一歩、ブルジョアジーから一切の資本を奪い取り、一切の生産手段を国家の手に集中するであろう。」と、歴史に具体的に関わることを唱えた。しかし、1848年の革命の失敗は、マルクスが研究を開始したときには目前に見えているように見えていた発展にとって、深刻でドラマティックな挫折だった。
- もう一人、理性に新しい広がりを加えた大思想家はフロイトである。フロイトは、人間行動の無意識的な根源を暴露することにより、意識及び合理的探求に対するわれわれの知識と理解の幅を広げた。
- 1914年までは、客観的な経済法則が人間や国家の経済的行動を支配していていた。しかしそれ以降、今日の経済学は、いくつかの理論的数式か、甲が近くにいる乙を押しのけるための研究になった。非個人的な法則や過程が動かしていた経済から、国家やコンツェルンによる統制の経済へ変貌した。
- 科学にせよ、歴史にせよ、社会にせよ、人間現象における進歩は、もっぱら人間が既存の制度の断片的改良を求めるにとどまることなく、理性の名において現存制度に向かって根本的挑戦を試みるという大胆な覚悟を通して生まれてきた。