OECD調査団報告(文部省訳)『日本の社会科学を批判する』講談社学術文庫、1980年9月

日本の社会科学を批判する―OECD調査団報告 (講談社学術文庫 514)

日本の社会科学を批判する―OECD調査団報告 (講談社学術文庫 514)

■内容【個人的評価:★★★★−】
○第一章「日本の社会科学」

  • OECDの社会科学政策カントリー・レビューの目的は、加盟国において社会科学はどの程度発達しているか、社会科学の研究組織はどうなっているか、社会科学の成果と考え方が、国民的課題の解決や社会的ニーズに答えて利用されているか、またどのように利用されているかという諸点を探求することである。
  • 多くの国では、これら学問分野は政府の意識的な刺激策によってというよりも、個々の研究者の知的好奇心や関心の結果として、厳密にいえば無計画に、徐々に発展してきた。
  • 社会科学の仕事は、物理科学や生物科学の諸分野に比べ、はるかに難しいものであることをまず認めなければならない。物理科学や生物科学においては、応用開発の目指すところは、国ないし産業界の明確な目標との関連ではっきりと規定された諸問題の解決を図ることである。ところが、経済学や行動科学が立ち向かうべき社会の諸問題は、はるかに複雑で、その定義付けも不明確な場合が多く、また常に変化している。
  • 自然科学の驚異的な発展と成功は、これに対応する社会科学の進歩、ないしは社会的思考の深化を伴わぬまま、今日に至っている。
  • もちろん、社会科学が今ただちに基本的な経済的、政治的問題の解決に手掛かりを用意できるというつもりはない。しかし、特に社会科学者が専門分野(disciplines)を越えて協力すれば、ある種の問題についてはその概略をつかみ、分析することが可能となろうし、解決策を予測し、推測する助けとなり、場合によっては解決策を提示することも可能であろう。もっともその解決策が実行されるかどうかは社会科学それ自体の問題ではなく、各種政治勢力の均衡とその力の強弱の問題である。
  • こと社会科学の面では、日本は多くのOECD加盟国よりも立ち遅れているように思われる。社会科学各分野間のバランスは特に不適当な状態にある。研究の大部分は抽象的であって、政策決定者や行政官が現代的な社会科学的な考え方を利用しているという印象はほとんどない。
  • ほとんどの国では、学問の体系を自然科学、社会科学及び人文科学に分類している。しかし、人文科学と社会科学の区分は必ずしも明瞭ではない。どちらも人間個々人と、その社会に占める位置について研究を行うものだが、人文科学は個人の文化的生活に重点を置き、社会科学は全体としての社会と、その中における個人の行動に関する体系的な分析を行う。その際、ある要因が事象をどの程度の確からしさで説明できるかをみるのに統計学的アプローチを用いるのが典型である。

○第二章「教育と訓練」

  • 日本人の教育における取り組みは極めて熱心に行われているが、教育が業績につながっているかというと必ずしもそうではない。現実の社会問題の処理に関しては、他の先進諸国に比べ遅れている。
  • 学問の前進や世界の知的活動の波浪の中に身を投じ、精力的に活躍している極めて生産的な日本の社会科学者はごく少ないものである。
  • 日本の研究者は、書物から学んだ、しばしば日本とはまったく異なった社会に関する研究から引き出された一般的原理を学生に伝えているだけである。学生の方も、研究計画の立案、経験科学的データの収集、そして仮説の設定、そしてその検証というようなことに必要な経験を得ることができないでいる。
  • 日本では、初等・中等教育が試験重視であり、経験科学的な社会科学の手法を学ぶのに適していない。また、教育の自治の名のもとに、教師は、何を教えるべきで何を教えるべきでないのかの決定権が自分たちにあると主張してきた。結果として狭い範囲の考え方しか得られないようになってしまった。

○第三章「研究とその応用」

  • 諸外国では、社会問題に密着した教育課程を大学に設けているが、日本では社会問題に密着した研究は異常に大きい部分が大学外で行われている。
  • 各省庁それ自体が実施している研究はさほど多くはなく、当然のことながら、ある程度までは、日常の行政活動の中で付随的に行われている。たとえば、簡単な報告書や意見書が行政官や大臣のために用意されるが、それは白書を除いてはほとんど公開されることなく、また、専門的知識に貢献するほど体系的に深く掘り下げられていない。
  • ただ一つ経済企画庁のみが研究能力を有している。しかしそれは政府の重大決定に影響を与えるものではない。
  • その他の省庁においては、たとえば産業立地政策、電力開発システムの選択といったようなことは社会と大きなかかわりを持つにもかかわらず、政策決定の場合には、経済外的側面をまったく重視していない。

○第四章「結論と勧告」

  • 社会科学を複雑な社会問題に適用する際には、社会科学の限界を現実に認識し、独創的な応用のための手法の開発を促進しながら、実験的な態度で臨むことが特に必要である。
  • 政策形成、代替戦略、特定問題の解決策の開発に社会科学を大幅に利用することにより、政府各機関、地方自治体、産業界に対し実例を示すことが必要である。そのためにはゼネラリストに依存するという日本の伝統を大きく変更することが必要である。
  • 社会科学の諸領域を一つの社会科学部として集約化し、実験的に、経済学、統計学、人口統計学社会学社会心理学、人類学、及び政治学をまとめるような試みを行うべきである。