浅田次郎「供物」(『月島慕情』文藝春秋、2007年3月所収)

月島慕情

月島慕情

■内容
夫の暴力と女遊びに堪えかねて離婚し、そして再婚してそれなりに幸せな生活を送っていた女性、初江が、長い年月が経ち、元夫が死亡したことを伝えられ、供物を持ってその弔問に訪れる。

■読後感
弔問に訪れる前、そして後に、初江は娘や夫にちょっとした電話をかけている。今の自分の心理的な支え、立ち位置を、声を聞くことで確認している。そして日常の会話でなんとか今の生活の側に立ち続けようとする。
元夫との間に生まれた子と再会しても、違う世界の人間だと振る舞おうとするが、その思いがけない成長ぶり、自分に対する思いやりに接し、たまらず自分の生んだ懐かしい子どもの名前が絞り出されるようにして喉から出てくる。心から鬼が抜け人間に戻る。