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立花隆(1985)『宇宙からの帰還』中公文庫

宇宙からの帰還 (中公文庫)

宇宙からの帰還 (中公文庫)

■内容【個人的評価:★★★★−】

◇実態としての人間:固体というよりは液体

  • 人体は一見固体のように見えるが、実は、膜に包まれた液体といったほうが近い存在なのである。(11ページ)

■コメント「こうした感覚で人間をとらえると、いかにもろく儚い存在であるかということを実感できる。そして、生身の身体では宇宙空間に出るや否や、血液が沸騰して死んでしまう弱々しいものであり、地球という環境の薄っぺらい地表の部分でのみ生存できるものでもある。」


◇宇宙飛行士の見る地球:地球のすばらしさ

  • 「忙しく作業をしながら、ときどき窓の外をちらりと見ると、地球がどんどん小さくなっていく。小さいがそれはあまりに美しく、あまりにいとおしいものだった。もしかしたら、あそこに帰れないかもしれないと思うと、胸がしめつけられるように痛んだ」(63ページ)

■コメント「アポロ13号のプロジェクトでは、酸素タンクの破裂により月におけるミッションはおろか地球に戻ることができないかもしれない状況に置かれることになった。そんな中でも飛行士たちは必死でさまざまな作業をすることで雑念を振り払い、帰ってきた。これはわれわれの人生についても言えることで、地球上から発射され、月を巡って帰ってくる一連のプロセスを一生に例えることもできるだろう。この場合ミッションの終了は自分自身の人生の終了でもある。そして忙しく立ち働くことだけが少なくとも有限のミッションを遂行できる唯一の手段でもあるのだ。」


◇宇宙飛行士という職業の魅力

  • 私はテキサス州サンアントニオでビール販売業をはじめて大成功した。面白いように儲かった。元宇宙飛行士という肩書きが、ビジネス。コネクションを作るのに非常に役立ったことが、成功の一因だったろう。四十歳そこそこで、私は世の人が望むあらゆる名声と富を手にしていた。しかし、その一方で、金が儲かれば儲かるほど、私の心は空虚になっていった。心の中に大きな穴が開いている感じだった。生きることが空しかった。宇宙飛行士時代の充実した日々が懐しかった。宇宙を飛ぶのだという大目標に向かって、私は人生の六年間のすべてを捧げきった(六六年採用、七二年飛行)。私の心身の能力のすべてをその目標実現のために傾けつくした。毎日毎日が新しいチャレンジで、面白くて仕方なかった。あれほど刺激的で人を興奮させる仕事も少ないだろう。しかし、いまやそれだけ自分をのめりこませてくれる大目標は何もなかった。(156ページ)

■コメント「目標を達成した後の虚無感、これは宇宙飛行士という人生にはもっとも典型的に表れるものかもしれない。しかし、このことは誰にとっても多かれ少なかれありうること。何か自分としての目標を持ち続けることのみが、平常心を獲得できる唯一の手段となる。」


◇人生におけるスタンスの移行:「得る」から「与える」へ

  • それまでの私の人生は、すべて何かを「得る」ことを目的としてきたが、それ以来、何かを人に『与える』ことが目的となった。それとともに私の人生は精神的に満たされ、家庭内の問題も氷解した。(158ページ)

■コメント「『得る』から『与える』への移行、とても人間としてヒントになる言葉。」


◇保守・リベラルのスタンスの違い

  • 「彼は本質的には保守の人間だ。典型的職業軍人のものの考え方をする人間だ。ケネディの尻について歩いていたころは、公民権がどうしたこうしたといったリベラルなことを口にしていたが、頭の中は、国家とか、キリスト教道徳とか、旧来の保守的価値観で一杯の男だ。(222ページ)

■コメント「リベラルは、これまで重視し、それに拠ってきた価値を改めて見直し、個人としてではなく国家としてその成員に権利を付与することを目的としている。」


◇宇宙飛行士の見る地球:戦争のバカバカしさ

  • 「眼下に地球を見ているとね、いま現に、このどこかで人間と人間が領土や、イデオロギーのために血を流し合っているというのが、ほんとに信じられないくらいバカげていると思えてくる。いや、ほんとにバカげている。声をたてて笑い出したくなるほどそれはバカなことなんだ」(247ページ)

■コメント「これは宇宙飛行士ならではの視点であり、皆そう思うことである。俯瞰してみるとバカバカしいことに追われて、せっかくの人生を喪っていることがどれだけ多いことか。」


アポロ計画:その確実性とは

  • こうして、ほんとうにやっとの思いでアポロ14号は月着陸に成功したのである。アポロ計画は九九.九九九パーセントの確実性をもってシステムが働くように設計されたといわれている。それなのに、これほど原因不明の故障が頻発したのは、アメリカの自動車産業の衰退と同じ要因が働いたためではないだろうか。つまり、設計等にあたる上級技術者の技術力は申し分なくても、現場の製造段階での技術がズサンで、品質管理がともなっていなかったのではないだろうか。(323ページ)

■コメント「どんな人間の創造物も、それをどれだけ丁寧に設計し作っているかということが根本にある。それはプロジェクトがいかに大きいものであったとしても、人間の注意がどこまで払われているかに従っている。」


◇時間の感覚:直線か円環か

  • 前提を変えて、時間は過去と未来に無限にのびる直線ではなくて、円環状をなしているのだと考えれば、スタートの問題は消える。円にはどこにもはじまりも終りもない。それはそこにあるだけだ。(350ページ)

■コメント「どうしてもわれわれは直線の時間の感覚しか持ちえないものだ。しかし、はじまりも終わりもない時間を意識し、飽くまでも自分中心でありながら他と協調する世界を描くことは穏やかに生きることの可能性を作り出す。」