吉永みち子(2000)『性同一性障害:性転換の朝』集英社新書

性同一性障害―性転換の朝(あした) (集英社新書)

性同一性障害―性転換の朝(あした) (集英社新書)

■内容【個人的評価:★★★★−】

性同一性障害者の苦しみ

  • 人は誰でも戸籍に記載された性別に、違和感をもたずに生きている。社会的な性においては性差別などの憤りや悲しみがまだつきまとうにしても、生物学的な性に対しては、日々悩むこともないまま、誕生と同時に人生をスタートさせている。が、間違った容れものに入れられた者たちは、その容れものから抜け出し、何とか心にあった本当の容れものを手に入れようとしながら、長い年月を苦しまなければならない。(21ページ)


性同一性障害のさまざまな態様−TV・TG・TS−

  • 性同一性障害とは、肉体的な性に違和感を感じている人のすべてを包括した言い方で、その中にはいろいろな人たちが含まれている。”トランスヴェスタイト”は、服装倒錯者、異性装嗜好者などと訳されている。男性で女装すると気が休まり、本来の自分にかえったような安心感を覚える。女性の場合でも、男装をしていると気分が落ち着き、満足できるという人たちのことを指す。これに対して、”トランスジェンダー”と呼ばれる人たちは、異性の服装をするだけでは気がすまず、社会的にも異性として扱われたい、異性の役割を果たしたいと強く願う。女性の場合で言えば、男性の服装をし、男性として仕事をする。男性の場合は、女装し、女性でなければできない仕事を欲し、外科的な方法や女性ホルモンを用いて乳房を形成したりする。が、男女ともに性器までも変換しようとする意識は希薄である。さらに進んだ形で、完全に異性の身体を望んでやまないのは、”トランスセクシャル”と呼ばれている人たちである。女性の場合は、乳房を取り去り、卵巣からの女性ホルモンを断ち切り、男性ホルモンを入れ、ペニスをつけて、裸の状態で完全に男にならなければどうしても精神的な落ち着きを得られない。男性は、乳房をつけ、ペニスを取り去り、精巣からの男性ホルモンを拒否し、女性ホルモンの投与を受ける。(27〜28ページ)
  • 性的にトランスしているある人が、無人島に流れ着いたとします。もしその人がトランスジェンダーだったとした場合、誰もいない無人島ですから、周囲から男なのか女なのかという社会的な性をつきつめられたり、意識は反対の性で暮らさなくてもすみます。その解放感で、精神的にのびのびと自分自身を取り戻すことができるわけです。ところが、もしその人がトランスセクシャルだった場合は、一応男と女という社会の枠から解放された安心感はあるものの、基本的には自分自身を取り戻してハッピーということにはならないんです。裸になったら、自分は自分の頭が求めている身体をしていないわけですから。間違った身体をしているという苦しさは解消できなくて、打ちのめされたまま生きていくしかない。(29ページ)


トランスセクシャルの難しさ

  • ひとたび手術をしてしまえば、もう後に戻ることはできない。男になってから、やっぱり女がよかったと言われても、どうすることもできないのである。その後に生じる様々な問題もあるだろう。それらを、どのようにして確認しながら進めればいいのか、患者がしっかりと受け止めなければならない問題、クリアしなければならない関門はたくさんあるように思われた。さらに、生まれ持った性、肉体の性を生きることができない症状は、果たして病気なのか障害なのか。日本では、性転換を何となくヤミの世界に追いやって、表向きなかったことにしているが、外国では果たしてどうなのだろう。医療サイドが受け止めなければならない問題も山積みだった。原科教授は、早速勉強を始めることにした。(62ページ)
  • 診断のガイドラインは、『性の自己認識の決定』、『生物学的性の決定』、『除外診断』、『診断の確定』という四つのポイントを設けている。『性の自己認識の決定』には、まず養育歴、生活史、性行動の経歴、日常生活状況(服装、言動、人間関係、職業経歴)などを詳細に聴取する。それをもとに性役割の状況を明らかにする。また本人だけでなく、家族や親しい人たちから、症状の経過、生活態度、人格構造、家族関係やその環境などについて情報を得た上で、多面的な検討をする。さらに、前に紹介したICD−10またはDSM−4などの国際診断基準を満たしていることを確認する。その上で、性同一性障害の診断、治療に十分な経験を積んだ精神科医二名が性の自己認識を判定する。二人の判定が一致しない時は三人目の精神科医の判断を求めて決定する。これに対し、『生物学的性の決定』は、染色体の検査、ホルモン検査、内性器・外性器の検査が行われる。さらに、生殖腺検査、半陰陽・間性などの生物学的異常のないことが確認される。『除外診断』では、精神分裂病人格障害のために自己の性意識を否認しているのではないことが証明されなければならない。加えて、文化的、社会的理由による性役割の忌避、職業的利得のために別の性を求めているのではないことが確認される。この二点が診断のポイントになる。(116〜117ページ)
  • 埼玉医大倫理委が採用した米国で出された統計では、男から女への変性希望者は三万人にひとり、女から男へは十万人にひとり。最近発表されたオランダの統計では、男から女が一万人にひとり、女から男が三万人にひとりになっている。日本の人口で考えると、およそ三千人から七千人ほどが治療を望んでいることになる。埼玉医大に来院した総数は、現在までに約二百五十名とされている。ガイドラインに従ってきちんと治療を受けたいと思っていても、とても待てないとあきらめてしまう人、地方に住んでいるため上京できない人、金銭的に絶望している人など、水面下ではかなりの数になるだろう。(154ページ)


トランスジェンダー特有の苦しみ

  • 「障害、病とされることで、社会的に認知されやすくなり、性ホルモン療法や性再指定手術(性転換手術)が合法的に受けられるようになるという便法として、割り切ろうとしているのであって、病とされることを必ずしも受け入れているわけではありません。また、性同一性障害があって、身体の性と心の性別が食い違っていても、ホルモン療法や性転換手術を必要としない人たち、トランスジェンダーのほとんどが、自らを病だとは考えていないでしょう。彼ら、彼女らには、特別の医療は必要なく、ただ、社会が彼ら、彼女らのあり方を承認してくれさえすれば、基本的に問題は解決するからです」(158ページ)


半陰陽者たち

  • 「最近は性転換手術のことが話題になったから、みんなトランスセクシャルのことは知るようになりました。でも、彼らはこの世界の中でもマイノリティーなわけ。半陰陽者は、実はマジョリティーなんですよね」トランスセクシャルより、実ははるかに多い半陰陽者たちが、誰にも知られることなくひっそりと生きている。半陰陽の人たちのことはあまりに知られていない。知ろうともしていないように見える。(176ページ)
  • 本人がどう生きたいのか、どちらの性を選ぶのか、どちらの性で生きるのがより生きやすいのか、どちらの性も選べないのか、自ら決められるまで待つ時間的な余裕はない。生後十四日以内に、出生届を出し、戸籍に入籍しなければならない。すやすや眠る赤ちゃんは、自分の身にふりかかっていることを何も理解できない。その間に、とにかくどっちの性で届けるのか医療が判断していくのだ。(176ページ)

■読後感
性同一性障害については、この書物でも取り上げられている表現であるが「間違った容れものに入れられた」状態であるけれども、そこに至る道筋は多様であるし、単純ではない。このため、間違った容れものにあるからといって、すぐに手術をすることは取り返しのつかないことになる危険性を有しているし、慎重でなければならないことは言うまでもない。また、こうしたことによりトランスセクシャルの問題がある程度解決されたとしても、トランスジェンダー半陰陽の人々についての問題はまったく解消されない。
性同一性障害者に対しては、この書物が出版された2000年以降、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(2005年)が制定され、性転換手術後に法律上の性別を変更できるような仕組みができている。