吉田利康『男の介護』日本評論社、2010年

男の介護―失敗という名のほころび

男の介護―失敗という名のほころび

■内容【個人的評価:★★★−−】

◇男性介護者に多い失敗とは

  • いつだったか忘れましたが、新聞の家庭欄に次のように書いてありました。
    • (1)男性介護者は、職場での仕事感覚を介護に持ち込む。しかし、介護は仕事ほど思いどおりにならず、落胆し、悪くすれば、「お前が計画どおりに動かないから、良い結果が出ない」と患者を責める。
    • (2)前項は、時として虐待や無理心中に発展する。
    • (3)男の介護日記には、「今朝は午前五時二二分に起床」のように、時・分まで綴られていることが多く、彼らのまじめさと責任感が象徴される。
    • (4)孤立は男の特徴。人に頼らず自分でやってしまおうとする。
  • 耳が痛いです。(2)以外はすべて私にもあてはまるからです。ではどうすればいいのでしょうか。対する新聞が紹介するアドバイスは、
    • (1)(2)は、「職場感覚を持ち込まない」「ゆとりをもっ」
    • (3)は、「完壁を求めない」「目標の五割程度をめざす」「上手に手抜きをする」
    • (4)は、「交流を大切に」「周囲の助けを借りるのは、恥ずかしいことではない」
  • そのとおりですが、疑問が残らなくもありません。
  • 私は多くの失敗をしました。しかし、改善の努力をしなかったわけではありません。それでもまた同じ失敗をしています。妻の死後から少し経ったころに母がたおれました。そのときもまず私が介護することになりました。介護全体としては進歩しましたが、失敗する部分は前回と同じです。(被介護者が妻か親かという条件のちがいは、考えなくてはなりませんが)。考えるに「男性は職場感覚を介護に持ち込む」と簡単に言いますが、何十年も職場でたたき込んだ感覚ややり方から、簡単に足を洗えるものでしょうか。〈人間って、よほどのことがないと変わるものではない〉と思います。(15〜16ページ)


◇意思疎通は大事だが難しい、大切なのは「どれほどわかろうとしたか」

  • 私がアルツハイマー認知症に興味をもったきっか砂は、妻ががん末期にせん妄状態になったことです。大暴れするようなことはなかったのですが、幻視が出て夢と現実の区別がつかなくなりました。そのときに困ったのが意思疎通だったからです。はじめての体験だったし、次から次におこる異変に追いかけられ、ゆっくりと対処を考える暇がありません。結局、妻にさびしい思いをさせました。意思疎通は大事だしむずかしい。そこで、あらためて考えるのは、ふだん私たちはあたりまえのようにしゃべっていますが、どれだけ理解しあっているかということです。田口ランディ著『神様はいますか?』(新潮文庫)という本があります。そこに「人と人はわかりあえますか」というコーナーがあって、彼女はこう言い切ります。「わかりあえないという点においてのみ、わかりあえる」と。言われてみればそうです。親子のあいだではどうでしょう。夫婦のあいだでは、友人とのあいだでは。もうひとつ問う必要があります。それは「どれほどわかろうとしたのか、伝えようとしたのか」です。(38ページ)


◇「役に立たない」「迷惑をかけている」という意識が自殺につながる

  • 独居者には自殺者がいないことでした。夫婦二人暮らしにも自殺者は少なかったのです。自殺は家族が忙しく働く時間帯におこることと、農繁期(五月と十月)におこることとを組み合わせると、生き生き働く家族の姿とうつ病とが、どこかで関係すると思えました。独居であれば、仕事に精をだす家族にふれることもありません。そして行き着いたのが、配偶者と死別した高齢者で、本人が身体疾患をもっている場合、「私はもう役に立たない」「迷惑ばかりかけている」と自らを責め、うつ病へと移行していくプロセスです。高橋医師は、早速その仮説にもとづいた防止策を打ち出しました。すると、翌年、自殺者はひとりも出ませんでした。「たまたまそうなりました」と高橋医師は言いますが、すごい結果です。(170ページ)


◇介護を通して自分に向き合う

  • そこで、最初の課題に戻り、ではいったい「介護とは何でしょうか」を問いなおしてみましょう。「男の介護」を、実際に経験した、今経験している男性たちから具体的な話を聞きました。本書はその一部にすぎません。全体をふり返って思うのは、百人百様の介護があるということです。そして、その前面に出るのは介護技能ではなく、介護にかかわる人びとです。それぞれが考案する介護には創意工夫がこらされ、個性豊かです。そのようにして提供された介護は、技能として未熟であっても患者さんの心に届きます。産みの苦しみから生まれたものだからです。子どもが介護するということも、この視点から見つめれば、立派な介護として成立しています。大人以上のものがあります。「介護」とは、「人が自分に向き合う場」ではないのでしょうか。(187〜188ページ)

■読後感
実際の介護者としての体験をふまえ、男性として介護に向き合う心構えを問い直している。冒頭にもあるように、これまで男性として仕事に向き合ってきた態度を簡単に変えることはできない。男性の介護に伴いがちな「失敗」は、いわばほころびであり、完ぺきな介護を目指すのでなく、今までの自分を否定することなく、もっとも大事な被介護者に向き合うという姿勢を大事にしていこうと説いている。