橋本治『負けない力』大和書房、2015年7月

負けない力

負けない力

■内容【個人的評価:★★★★−】

夏目漱石が考えた「教養を身につけた人間」の愚かさ

  • 夏目漱石は「教養を身につけた人間全般がパカだ」と思っています。だから、『坊っちゃん』を書くのと並行して、登場人物のすべてが「猫」によってパカにされる『吾輩は猫である』を書いているのです。夏目漱石自身をモデルとする苦沙弥先生以下、『吾輩は猫である』に登場する人間達のほとんどは、「いつの間にか身につけたしょうもない教養を振り回すことになってしまった人達」です。(104ページ)


◇他人の考え方は「覚える」のではなく「学ぶ」

  • 「他人の考え方」というのは、覚えるものではなくて、学ぶものです。「そういう考え方もあるんだ」と思って参考にして、自分の硬直してしまった「それまでの考え方」を修正して、自分の「考える範囲」を広げるためにあるのが「他人の考え方を学ぶ」で、つまりは、自分を成長させることなのです。「他人の考え方を覚える」だけだと、その成長に必要な変化が起こりません。前に私は「知識を身につけるのではなく、知識が身に沁みることが必要だ」と言いましたが、教養主義というのは、身に沁みなければなんの意味もない「他人の考え方」でさえも、「覚えていればなんとかなる知識の一種」として処理してしまうのです(110ページ)


◇教養からは正解は生まれない、正解は自分で考え出すもの

  • 教養主義的な考え方は、「どこかに正解がある」ということを前提として、それを探すために「知識」をいっぱい集めます。でも、その「正解」がなかったら、それはこの章の初めに戻って、私は「もう教養主義的な考え方から脱す無駄です。だからべきだ」と言っているのです。そもそも、「正解」というのは初めからどこかに存在しているものではなくて、自分で考え出すもの」なのです。どこかにあるにしろ、自分で考えて「これか」と思えてこそ、「正解」にはなるのです。「知識」を仕入れて、それだけで「なんとかなるんじゃないか」と思っているのは、錯覚なのです。(183ページ)


◇問題を「発見」することがとても大切なこと

  • 重要なのは「問題」を発見することで、「答」を発見することではありません。「ここに問題がある」ということが発見出来れば、遅かれ早かれ、その問題を解くということは起こります。「問題を発見する」ということが重要なのは、その発見した「問題」が、自分にとって意味のある問題だからです。人生相談というのは、自分の抱えている「問題」を他人に相談してなんとかしてもらうことですが、どうしてこれに答える人聞は、自分とは関係ない「他人の悩み」なんかに答えることが出来るのでしょう?別にそうむずかしいことではありません。悩みを訴える人は、自分で「自分の問題」をまとめてしまっているからです。(198ページ)


◇あなた自身が問題をよく検討すること

  • 問題を「問題」として捉えて、「なんかへんなところはないかな?」と考えることです。試験問題とは違って、あなたが現実に立ち向かう問題には「模範回答」などというものはないのです。問題に対する解答を出す人があるとしたら、それはあなただけです。現実の問題に「答の出し方」などはありません。問題に対して格闘するのはあなた一人で、だとしたらあなたのすることは、「この問題はどうなってるんだ?」と、まず問題を検討することです。敵をよく知らなければ、敵を倒せません。ためつすがめつしてなんかへんだな?」と思ったら、そこが解答につながる細い通路です。(245ページ)

■読後感
これまでの教養の総体は計り知れないほど大きい。これを学ぶことも意味がある。しかし、それ自体が目的化してしまうと大変滑稽なことになる。一人ひとりが自分の問題をとらえ、これを解決するために考える過程こそが大切であり、教養はその一手段にすぎない。とりわけ最近は不確定な時代に足を踏み入れており、キャッチアップ目標もすでにない。この状態においては、解決策を探るより、まず自分なりの視点から問題をとらえることが大切である。