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ヴィルフリート・ハイト編『エコロジー・ヒューマニズム』人智学出版社、1984年5月

エコロジー・ヒューマニズム―成長妄想からの決別-地球略奪への対案としての第三の道 (1984年)

エコロジー・ヒューマニズム―成長妄想からの決別-地球略奪への対案としての第三の道 (1984年)

■内容【個人的評価:★★★−−】

○1「全体的な問題−略奪経済に代わる経済エコロジー」ヴィルフリート・ハイト

  • エコロジー的危機は、人類の社会的進歩や人間社会の今後の発展を200年来疎外してきた氷山の頂点をなすものである。
  • 18世紀末には全人類の解放(マルクス)とその組織面の基盤、すなわち「自由な社会有機体形態」を実現するときが来た。しかし実現したのは資本主義的階級社会であり、強者の力が正当とされる社会的ダーウィニズムであった。
  • 共産主義も資本主義に対する対案にはならない。
  • 全人類の需要のために仕事をする経済生活には失業はあり得ない。失業の代わりに登場するものは労働時間の短縮の推進である。相互扶助の掟が生存競争にとってかわらなくてはならない。

○2「エコロジーヒューマニズム−人間になる道、その新段階−」(ギンター・バルチュ)

  • 今までは、与えるよりも奪うことを目的とする「搾取の文化」であった。これからは、享受の文化へ方向を変えることが必要である。

○3「エコロジーヒューマニズム−世界観、倫理、宗教の推進力−」(フベルトゥス・ミュナレク)

  • 今日の世界状況として、倫理、美学、論理学、宗教などの価値の宇宙が経済上の利用価値の極端な過大評価に押されてしまっている。
  • 生産と消費の領域で自己を抑制することだけが個々の人々の自由への欲求を強化し純化することになる。
  • 人間はもっと自分にふさわしいもの、つまり人間と人類が持ち得る最高の自己実現の形式に向けてのみ努力を傾けるべきです。
  • 宗教は行動的でダイナミックな倫理学の基盤となる。

○4「エコ社会主義そして人間への期待」(オシップ・K・フレヒトハイム)

  • 資本主義における個々人の所有と力への希求とは対照的に、社会主義者は、たえず個人の社会的連帯と責任とを追求する。
  • ソビエト連邦、他の東側諸国にも真の社会主義は見受けられない。自由、平等、友愛の欠如はこの体制が社会主義を標榜することが偽りであることを示している。

○5「対案実現へのアピール」(ヨーゼフ・ボイス

  • すべての困窮の原因は20世紀に支配的となった社会秩序における二つの構造的要因に求められる。それは貨幣と国家である。貨幣ないし国家を手中にしている者が権力を持つ。

○6「緑の進路」

  • 緑の党は、従来の政党の対案である。緑の党が実現を目指す社会は自然の連関に即した生活条件、個人的かつ社会的存在としての人間を基本とした社会的発展を目指す社会である。
  • 現在支配的な経済、貨幣、国家=政治、文化の各過程の根本的な修正が必要である。
  • 重要な諸目標は以下のとおり。
    • 1.環境・自然・健康の保護:生命の破壊→生命の維持
    • 2.エネルギー:原子なき電流
    • 3.原材料:浪費→責任ある利用
    • 4.経済:利潤のため→消費者のため
    • 5.労働:市場価値→基本的権利義務
    • 6.労働時間:可能な限りの労働→必要なだけの労働
    • 7.労働現場の人間化:対極化→民主化
    • 8.所得:生活の不安→生活の安定
    • 9.世界経済:競合→連帯
    • 10.社会の脱国家化:官僚支配→自主管理
    • 11.脱軍備化:軍備補充→軍備廃棄
    • 12.自律性:他者による決定→自己責任

○7「1984年−何をなすべきか」(ヴィルフリート・ハイト)

■読後感
今後の社会がとりわけ環境面における規制を強化しなければならないことは明瞭である。しかし、この書では、個々人に必要なものがあたかも計量可能であるかのような視点に立っている。それは経済に計画性を持ち込むことであり、共産主義と立場が変わらないように見える。
貨幣について、消費における使用と生産における使用を分けるべきであると説かれているが、生産にも使えてしまったらそれは歯止めができるものではないだろう。
ドイツ緑の党における主張が中心にある。この主張は、エコロジーを中心に体制そのものを組み換える提言である。提言を仔細に見ると、社会主義のサイドに立脚しつつ、連帯などの概念を取り入れたものであり、よりラディカルには、国家や貨幣などもその意味を根本から見直そうとするものである。失業はないが、効率性は二の次とする社会、まさにユートピア的であり、この書も、政党の演説が文章になったようなきらいがある。個別の具体的政策を見たいところである。