■読むきっかけ
- 歴史を、たんねんな実証データの研究とあらゆる学問領域の成果を利用して丹念に読み解いてきた著者の、歴史学者とのシンポジウムにおける対談の記録
- アナール派歴史学の基本的な考え方と取り組みを見ることができるものと思われる
■内容【個人的評価:★★★★−】
○10月18日「地中海」
- わたしは、自らの研究の過程で、これまでは見落とされていた、波瀾万丈の変動の歴史の下にある、ほとんど動かない歴史に関心を持つようになった。
- たとえば、地中海でどんな事件が起ころうとも、冬が来ると船はすべて港に帰り、4月になるとまた往来し始めるようになるといったことである。動かざる歴史(長期的持続の歴史)こそは歴史の構造である。
- 出席した歴史学者からの発表
- 1.ジャン・ギレーヌ「複数の地中海文化の形成」
- 2.ミルコ・ドラゼン・グルメク「地中海における生物としての人間」
- 3.エレーヌ・アールヴァイラー「地中海世界におけるビザンツ時代」
- 4.ロベール・マントラン「イスラム的地中海」
- 5.モーリス・エマール「地中海、大西洋、ヨーロッパ」
- 6.V.M.ゴディーニョ「大西洋のヨーロッパ人から見た地中海」
- 7.アラン・ギレルム「地中海の女王、ガレー船 −サラミスの海戦からレパントの海戦まで」
- 8.アンドレ・ヌーシ「19世紀・20世紀における地中海問題」
- 9.アラン・ドニ「緊張の地中海」
- 伝統的歴史学は、人物や事件に注意を払いすぎるが、比較歴史学は、長期的な時間の枠組をとった歴史であり、科学的歴史学になりうるものである。
○10月19日「資本主義」
- 物質的生活は三層、物々交換、市場、資本主義からなる。上部構造である資本主義は、19世紀においても極めて少ない人々の手にあった。
- 出席した歴史学者からの発表
- 1.ジェラール・ジョルラン「資本主義は八百長試合か?」
- 2.アルベルト・テネンティ「資本主義ー連続性か変動か?」
- 3.チャウドウーリ「商業資本主義と1800年以前のアジアにおける工業生産」
- 4.バルン・デー「インドにおける資本主義の内的要因」
- 5.セルソ・フルタード「ブラジル資本主義ー成長か発展か」
- 6.ラースロー・マッカイ「技術・科学・社会」
- 7.イマニュエル・ウォーラーステイン「資本主義は市場の敵か」
- 私は、「世界=経済」という言葉を、「それ自体として一経済を構成しているような世界」という意味で使っている。世界の経済ということではない。それは、構造的な現実=長期持続の現実となりうるものである。
- 中世にも産業革命があったと唱える学者がいるが、18世紀の産業革命が真の産業革命である。産業革命といいうるのは、ひとつの技術革新に続き、次々と技術革新が軌道に乗っていったからである。これに匹敵するものは、レヴィ=ストロースによれば新石器革命しかない。
○10月20日「フランス」
- 出席した歴史学者からの発表
- 1.ジャン・ギレーヌ「フランスの最初の農耕民」
- 2.エティエンヌ・ジュイヤール「さまざまな「くに」からフランス国家へ」
- 3.カール・フェルディナント・ヴェルナー「フランキア」
- 4.クロード・ラフスタン「産業配置に関する環境理論のために」
- 5.エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリ「フランスの政体及び官職の樹系図」
- 6.セオドア・ゼルディン「フェルナン・ブローデルを理解する」
■読後感
ブローデルは、歴史の研究において原資料を用い、地理的・文化的・政治的・経済的・考古学的など、有用なあらゆる学問的成果をふまえ叙述する。しかもそれは変わらぬ構造、長期的持続(longue duree)つまり長期の時間の流れにおいて変わらないものこそ歴史上のエポックなのだという観点に立っている。
ブローデルの著作を読むと、きわめて広範であり、性急なまとめかたとは無縁の取り組み方となっている。逆に言うときわめて説得力がある一方で、ではまとめて何かを言おうとすると難しいものだ。
歴史とは、たんに事件のみならず地理的条件などを含むすべての歴史的事実をふまえ、個々の時点での動力に目配りをしつつ、それを長期の連続体としてとらえた場合の変わらぬ構造、変わった構造について分析するということであろう。
日本の
歴史学で、
ブローデルの地中海に匹敵するスケールで日本を書ききったものはないのではないか。