香西泰『高度成長の時代:現代日本経済史ノート』日本評論社、1981年4月
高度成長の時代―現代日本経済史ノート (日経ビジネス人文庫)
- 作者: 香西泰
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞社
- 発売日: 2001/05
- メディア: 文庫
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◇高度成長期の高い投資を実現した高い貯蓄率
- 高い投資のうら側は,高い貯蓄である。高度成長過程にあっては,個人・貯蓄率は設備投資比率とほとんどパラレルに上昇した。図1は,日本経済における高投資,高貯蓄の関連について,示唆的である。高投資が高貯蓄と結びつくメカニズムとして,ちょっと考えるとありそうなのは,次の二つである。1高投資は高利潤をもたらし,貯蓄率を高める。2高成長は所得分配を不平等にし,貯蓄率を高める。しかし,この二つは,日本経済の高度成長期には妥当しない。・・・この個人貯蓄率の上昇は,個人間の所得分布が不平等化することに伴ってでなく,平等化する過程で生じた。(8〜9ページ)
◇高度成長を実現した労働者の勤勉性
- こうして,日本文化の急速なアメリカナイゼーションが開始される。ただ,それがアメリカ文化の一方的デモンストレーション効果の発現に終るのであれば,そこには植民地的心理風景があらわれるにとどまったで、あろう。それだけにとどまらなかったのは,敗戦国民たる日本人に,とにもかくにも「根性」があり,「主体性」があったからである。日本人の伝統的勤勉さがアメリカ文化と出会ったとき,その緊張のなかから後年の高度成長を支えるエトス(倫理的雰囲気〉が形成されたのであるように思われる。(17ページ)
◇農地改革−日本地主の虚像と実態−
- 農村を支配する地主landlordを求めて,マーク・ゲインは沼田の本間家を訪れている。しかし日本の小作制度の特徴は,大地主がほとんど存在せず,生活面で小作人とあまり変らない程度の中小地主がやたらに多いことであった。したがって農地を買収された地主は延べ数ながら370万人に達した。その限りでマッカーサーの認識は時代錯誤を含んでいた。土地が貴族や教会,ツアーの手に集中していたなら,農地解放はどんなに簡単であったろう(今日でも,土地が独占資本に買占められているだけなら, 宅地問題の解決はどんなに容易であろう)。土地が零細に分散して所有され,所有者が膨大な数にのぼることが,今も昔も日本の土地問題の解決を難しくしている。それだけに,農地改革の実施には,占領軍の絶対権力とそのドン・キホーテ的な誤解と情熱を必要としたのである。(21ページ)
◇高度成長を支えた日本の国民性
◇傾斜生産方式の構想
◇ドッジ・ライン:中間安定計画論からアメリカによる一挙安定へ
◇ドッジ・ラインによるインフレ収束へ
◇中山・有沢論争−貿易主義対開発主義−
- 経済自立をどのように達成するかについては「貿易主義」対「開発主義」,「自由主義」対「統制主義」等の論争があった。貿易主義に立つ中山伊知郎教授は,日本のような人口過剰,資源不足の小国は,貿易,工業化,資本蓄積に活路を求めるべきであり,これが経済の論理と歴史の教えに忠実なことだと主張した。開発主義の立場からは,有沢広巳,都留重人教授が世界市場の分裂のもとでは貿易に大きな期待を抱くことはできず,圏内資源の計画的開発を進めるべきだと説いた。前者は,大体自由主義であり,後者は計画化を構想していた。この論争は,日本経済の最適国際依存度optimal international dependenceないし最適政府依存度optimal government interferenceをめぐるものであり,その後も繰返し問い直された。(88〜89ページ)
◇戦後復興の修了から高度成長へ
◇日本を襲ったハイパー・インフレーション
- 1972 (昭和47)年後半から1974(昭和49)年前半にかけて,ハイパー・インフレーションが日本全土に猛威をふるった。11971年以来,円切上げ回避のためもあって通貨供給が膨脹していたという基本要因に加え,2列島改造,大型予算をあてこんで投機需要が活発となり,3しかも企業側の供給態勢は不況カルテルの延長,公害問題,潟水,工場事故,労働力不足等もあって円滑を欠いた。4加えて,ベトナム戦争による世界インフレの高進のため海外市況が急騰をつづけた。これらにダメ押し的な打撃となったのは,51973年秋の石油危機である。中東戦争を機に,石油供給の停止が伝えられ,石油価格は一挙に倍増4倍増した。1974年1〜3 月の卸売物価は年率5割,消費者物価は年率4割の急騰を示した。文字通りの狂乱物価である。(206ページ)
◇なぜインフレが容易に収束できなかったのか
◇高度成長を振り返って
- 高度成長は,単に成長政策の結果ではなく,いわんや一部のエリートの「たくらみ」によるものではない。それよりも市場条件に対して草の根もとのレベルで、企業や家計が敏活に反応し,それが集積されたことが決定的に重要であったと考える。旺盛な企業家精神,労働者の高い規律と志気,家計の高貯蓄率,高進学率,等々がそれである。こうした経済主体の行動が,市場機構の良好なパフォーマンスをもたらした。高度成長にヒーローがいなかったわけではないが, それは(『戦争と平和』の世界でいえば〉ナポレオンではなくクトウゾフであり,むしろトウシンであり,さらにドローホフですらあった。(226ページ)
当時の息遣いを伝えながら、統計資料とマクロ経済理論を踏まえて高度成長を論説した書はほかにないのではないか。どんな研究を行うにあたってもこうした実態と理論の両面を見ることの大切さを伝えてくれる稀有な本である。