橘木俊詔『日本の経済格差−所得と資産から考える−』岩波新書、1998年11月

日本の経済格差―所得と資産から考える (岩波新書)

日本の経済格差―所得と資産から考える (岩波新書)

■内容【個人的評価:★★★★−】

  • バブルで顕在化した不平等がバブル崩壊後どうなったのか、統計データで検証するのが目的である。また、所得と資産の分配を決定する経済メカニズムについてもわかりやすく解説したい。
  • 平等、不平等の問題を考えると、教育、職業、結婚、親の経済力等が与える効果は大きい。こうした社会学的要因も関心を払う。
  • そもそもどこまで平等であるべきなのかという哲学的価値判断も必要だろう。
  • 経済効率が犠牲にならないような平等を達成するための政策を提案したい。

○第一章「平等神話は続いているか」

  • 日本は欧米と比べ所得分配は平等性が高いと信じられてきた。多くの日本人は自分が中流階級だと思っている。しかし、その神話は崩れつつある。
  • 不平等を示す指数としてジニ係数(0が完全平等、1が完全不平等)があるが、所得分配をみると、この数値は日本ではここ10年(1980-1990)で0.1前後上昇している。短期間でこれだけ数値の高まった国はさほどない。諸外国と比べても数値が高く、アメリカよりも高いほどである。
  • 世界の傾向として、発展途上国は先進国に比べ不平等度が高く、資本主義国は社会主義国より不平等度が高い。
  • バブル崩壊により資産分配の不平等度に歯止めがかかった。バブル時は資産保有者とそうでない人との資産格差が大きくなった。
  • 資産分配をみると、日本では上位5%に25%が集中しているが、アメリカでは56%が集中している。
  • 1980年代のアメリカは双子の赤字で悩まされていたが見事な復活を遂げた。また停滞するヨーロッパにおいてはイギリスが好調である。なぜ両国の経済が復活したのか。
  • これらにより、労働者の勤労意欲と企業の投資意欲を向上させた。
  • 賃金分配で見ると、アメリカの不平等性の高さは特徴的であるが、フランス、イギリスはこれに次ぎ、日本、そしてドイツ、イタリアと続く。アメリカとイギリスは1980年代において急激に不平等化している。
  • アメリカは好景気が続いていたが、グローバル化の影響で、国内生産の一部は輸入品に代替されることとなり、多くの未熟練労働者の雇用が削減された。また初等、中等教育の荒廃が激しく、未熟練労働者が増えることとなった。また、リストラの過程において、非正規職員、パート、派遣社員等を多く活用することとなった。これらにより不平等化が進展した。
  • 貧困率(平均世帯収入の半分以下の世帯。相対的貧困)ではアメリカが突出している。国全体の20%弱が貧困者として計測されている。多くの先進国は5〜10%程度である。
  • 福祉国家とは、政府を中心とする公共部門が国民の福祉向上のために積極的な介入を行う国をいう。福祉国家は、ナショナル・ミニマムの観点で社会保障制度を充実させ、所得の再分配を行う「大きな政府」でもある。しかし、現実には国家の手厚い保障はモラル・ハザード(制度の悪用)を生む。租税負担のGDP比率、社会保険負担のGDP比率をみると、日本はアメリカと似た比率の低さを示しており、非福祉国家といいうる。
  • 今後の日本は福祉国家へ進むべきだし、福祉を担ってきた大企業の役割にも一定の変化があるべきである。

○第二章「戦後の日本経済社会の軌跡」

  • 戦前の日本社会は、統計的に見ると不平等社会であった。まだ前近代社会の要素が強く、成熟した資本主義社会とは言いがたかった。また工場労働者で見ると、工場長は、普通工の20倍近い収入を得ていた。(現代ではほぼ3〜4倍程度)
  • 超長期で見ると、戦前は不平等が進展、戦後高度成長期までは平等が進展、そして現在また不平等が進展しつつあり、1900年の水準にほぼ近い。
  • クズネッツは、経済発展につれ所得分配は平等に向かうという仮説を1955年に発表した。

○第三章「不平等化の要因を所得の構成要素からみる」

  • 日本では企業規模による賃金格差は大きく、これは拡大傾向にある。一方で学歴による格差は欧米に比べ小さい。年功制、年齢による賃金格差は大きい。
  • これは日本ならではの平等主義である。生産性の高い労働者の意欲はそれほど減退しないと信じられ、低賃金労働者は勤労意欲を失うことを恐れたといえる。
  • 今、年功序列性から能力・実績主義へと移行が進んでいるが、これは不平等化につながる。

○第四章「資産分配の不平等化と遺産」

  • 日本人の資産選択行動の特徴は以下のとおりである。
    • 1.実物資産における持ち家志向
    • 2.金融資産における安全資産(現金と預貯金)志向
    • 3.家計の高い貯蓄率
  • 所得の高い人ほど貯蓄額も高い。所得五分位階級による貯蓄残高は以下のとおりである。(単位:千円)
    • 年間収入 年間貯蓄 貯蓄残高
    • 1.  2,823    378  11,237
    • 2.  4,758    739  13,261
    • 3.  6,475    826  14,885
    • 4.  8,714   1,318  16,811
    • 5. 14,957   2,255  26,571
  • 株式を持っている人は、わずか10〜15%である。お金持ちの金融商品であるといえる。また、わが国の発行株式数の80%は法人が所有している。
  • 家計の保有資産の平均は6,247万円である。このうち実物資産が5,196万円である。社会全体の資産の44%が遺産から生じており、遺産社会といってもよいくらいである。

○第五章「不平等は拡大していくのか」

  • わが国に関して、税や社会保障が日本人の労働意欲や貯蓄意欲にマイナス効果があると主張する証拠は乏しいと考えている。日本はアメリカと並び、租税負担率は最低の社会なのである。福祉国家でないわが国が勤労意欲や貯蓄への効果を恐れること自体が本末転倒である。
  • 小さな政府とすることは、誰かが福祉を肩代わりしなければならない、ということである。これを無視した議論が横行している。わが国の不平等は大きく、再分配政策を行っても経済効率にロスは与えないはずである。
  • しかし所得税の累進性はどんどん弱められてきており、再分配効果は弱体化している。
  • 遺産の授受が資産分配の不平等化につながっているとすれば、相続税を強化すべきである。